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薬屋のひとりごと  作者: 日向夏
砂欧編
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十九 初接触


 宮廷の傍、阿多が住んでいる離宮の近くにもう一つ大きな離宮がある。主に、異国の客人を振る舞う場所である。今回、砂欧シャオウの巫女一団はこの離宮を仮住まいとしているらしい。


 猫猫とヤオ、それから羅門と護衛が数人、巫女の問診のためにやってきていた。護衛の面子を見ると、猫猫は見覚えがあった。以前、後宮で顔を合わせたことがある宦官だ。巫女相手ということもあり、この離宮は半分男子禁制のようなものになっている。


「少し変わったところね」


 宮廷に近いとはいえ、猫猫と姚が住んでいる寮とは反対方向だ。あまりまじまじと見る機会はない。猫猫は何度か阿多のところへ行くときに目にしているが、よく見ると確かに変わった作りだった。


 異国風と言えばいいのだろうか。雰囲気としては砂欧というよりさらに、西の建造物を思わせる。猫猫は見たことがないが、昔読んだ貸本の挿絵によく似ていた。木材とところどころに煉瓦を使い、窓の上部は半円になっている。硝子をところどころ使っているのが、まさに贅沢と言える。庭には、薔薇でできた緑門アーチがあり、花の盛りにはさぞや見ごとだろう。


 使用人の衣装も少し変わっているが、人種は皆、リー人らしい黒髪に黒い目をしている。


(異国の要人がいる場所で、異国人は雇えないからなあ)


 間諜スパイがいた場合、ただ事ではなくなる。そこらで泥だらけで庭の手入れをしているおばさんも、ちゃんと身元がはっきりした者なのだろう。


 建物の中に入ると、いかにも異国人らしい風貌の女性が出迎えてくれた。背が高く、髪が薄い茶色をしている。目の色は暗い緑とも黄色の中間ともいえる橄欖オリーブに似た色だ。


「おまちしておりましタ」


 独特の発音はこの人も変わらないらしい。


「奥へどうゾ」


 言われるがまま、奥へと進む。


 外側以上に中のほうが凝った造りになっていた。足元は石畳、石柱にところどころ彫刻が施してある。渡来品らしい置物が対称的に配置されている。落としたら、庶民の一生分の銀が泡になって消えるのだろうなと、横目で見ながら進む。


 奥へ奥へと進んでいくうちにだんだん、暗くなってきた。窓にカーテンが張られ、外の光を抑えてある。


(そういえば、白子アルビノだっけ)


 白い髪、白い肌に赤い目。中には青い目だったり、髪に金が混ざっていたりするそうだが、どちらにしても太陽光には弱い。おやじから聞いた話によると、白子は人に本来あるはずの色素がなく、それがない故に、太陽光の刺激を存分に受けるという。


 窓からの光が遮られるとともに、足元には光源が置いてある。蝋燭が昼間っから使われ、それも回廊を照らすように定間隔に置いてある。材料の蜜蠟の甘い匂いが漂い、贅沢だなあと猫猫は思う。


「こちらでス。申し訳ありませんが、男性はここでおまちいただけないでしょうカ」

「わかりました」


 おやじこと羅門と護衛が入口の前で止まる。


 猫猫たちは部屋へと入る。中は薄暗く香の匂いで充満していた。橙色の光源が揺らめき、天蓋付きの寝台の奥から影が見える。


「お連れいたしましタ」


 寝台の傍には、付き人らしい女性がいた。浅黒い肌をしている。なんだか見覚えがある顔で猫猫が首を傾げていると姚が先に反応する。


「あっ」


 間抜けな声が響いた。


 猫猫は姚の脇腹を小突く。小突きながら、なぜ見覚えがあるのか思い出した。先日、『じゃずぐる』という異国の娘を連れて行った異国の女だった。迷子を連れてきた礼としてもらった刺しゅう入りの布から、金持ちだとは予想していたが、まさか巫女付きだとは思うまい。


(巫女さんも蛙食べるんだな)


 てっきり殺生をしてはいけないとかで、肉や魚を食べることはないと思っていた。巫女が病気と聞いたとき、肉を取らないことによる栄養失調も考えたが、それは違うのだろうか。


 浅黒い肌の女も思い出したようで、びっくりした表情を作るが一瞬のことだ。元の真面目な顔に戻る。そうだ、この場では仕事で来ているので、公私は分けておかなければならない。


「ドウゾ」


 お付の女よりもさらに訛りが強い。帳をめくられ顔を見せたのは、まさに白子という風貌の美女だった。四十代と聞いていたが、年齢相応にほうれい線がある。横になっているのでわかりにくいがけっこう背は高いほうではなかろうか。どちらかといえばふっくらしているようだが、手が長いので肥満には見えない。


(もっと若くて痩せていれば)


 あの美女ばかり書く絵描きが書いた異国の女とそっくりだ。そして――。


(似ているといえば似ている)


 誰にと言えば、白娘々にだ。


 猫猫には羅半ラハンから頼まれた密命がある。


(この巫女が、本当に巫女の資格を持っているのか、それとも)


 とうに巫女としての資格はなく、白娘々という子を産んだのか。


 それを確かめるために来ている。


(経産婦かどうかを見極めるには)


 一番てっとり早いのは、股をのぞくことだが、さすがにこれは無理だろう。やるとしても段階を踏んで婦人病の疑いがあれば、できるかもしれないが。


(できなければもう一つ)


 妊娠をすると腹が十月の間に急激に大きくなる。腹ははちきれんばかりに膨らみ、出産とともにしぼむ。その際できる肉割れを妊娠線という。なぜできるかと言えば、腹のふくらみに対して皮膚が追い付かないため、皮が破れてしまうからだ。


(玉葉后にも梨花妃にもなかったけど)


 普通に出産すれば、できる確率のほうが高い。もちろん、ない可能性もあるが、確認する一要素としては使える。


(腹くらいなら見せてもらえないだろうか)


 猫猫はゆっくり頭を下げると、寝台に近づいた。すでに姚と話し合って役割分担を決めている。記録が姚で、触診するのが猫猫だ。姚としてはちゃんと自分でしっかり触診も行いたかったようだが、他の医官の元、脈拍の取り方が猫猫のほうが正確だったため、断念した。


 燕燕エンエンがいろんな意味で可愛がる理由もわかる。姚はまっすぐ過ぎて、ひねくれ者にとって、時に煩く、時に眩しい存在だ。


 燕燕が壬氏の侍女に選ばれたことに納得しているように、猫猫相手でもはっきり実力がわかれば評価を受け入れるのだ。


 あらかじめ、どのように体が悪く、どんな治療法をしてきたか記された書物を見せてもらっている。おやじとは相談し、いくつかの病気に当たりをつけてきていた。

 

「まずは脈をとらせてもらってよろしいでしょうか?」


 ゆっくりわかりやすいように猫猫が言った。


「ハイ」


 伸ばしてきた手を猫猫が触れる。柔らかい感触。肌が白いため、血管の位置がわかりやすく青く浮いている。


 三本の指を手首に当てる。どくんどくんと音が伝わってくる。一定時間の間に何回伝わってくるか、数える。猫猫が指で回数を姚に教えると、携帯用の筆記用具でさらさらと記述していく。


「少し緊張されていますか? 脈が少し早いようです」


 わからない言葉があったらしく、巫女は首を傾げる。隣の女が異国の言葉で訳すと、微笑んで答える。


「エエ、スコシ」


 別に異常値ではないので、問題はなかろう。


「お顔に触れてもよろしいでしょうか。目や舌を確認させていただきます」

「ドウゾ」


 猫猫は両手で頬に触れる。ほうれい線はあるが、それ以外はとてももちもちとした綺麗な肌だった。


 下瞼を引っ張り、目を調べる。口を開けて舌を出してもらう。


(ある意味幸運だったな)


 猫猫は、先日、じゃずぐるという少女に会ったことに対して思った。


(石榴に、雪蛤ハスモ


 あのとき、買っていたものは薬の材料となる食材が多かった。しかし、渡された文書には何も書かれていなかった。


 猫猫はちらりと寝台の脇に立つ付き人を見る。先ほどはびっくりした付き人は何食わぬ顔をしている。


(薬として処方していたわけではない? たまたま偶然?)


 薬は取りすぎによって、体に害をなす場合もある。


「すみませんが、普段、何を好んで食べているかなど、詳細に記していただけますか?」

「わかりましタ」


 返事をしたのは付き人のほうだ。


 さらさらと書くが、問題は異国語である。わからない単語がところどころあるので、あとで翻訳しながら考えなくてはいけない。どちらにしても、診断を最終的に下すのはおやじなのでそこに期待する。


「では、上着を開いてもらえますか」


 返事がもらえるか心配だったが杞憂のようだ。


「……ハイ」


 ゆっくりと上着をはだけさせる。寝間着は検診にくることがわかっていたので、前で合わせるものだ。二つの乳房があらわになり、へそも見えた。


「……触れてもよろしいですか?」

「どうぞ」


 猫猫は直に触れて、音の違いをはかりながら、腹を見る。


(妊娠線はない)


 ふっくらとした腹なので、もともと妊娠線が付きにくかったのかもしれないし、元から産んでないのかもしれない。前提条件から間違っている可能性がある。


(いや、でも)

 

 絵描きが描いた絵はずいぶんほっそりしていた。痩せていると皮膚が引き伸ばされる分、あとがつきやすくなる。


 なにより、最初からおかしいことなどなかったのかもしれない。


 どうして思ったのかと言えば。


(肉付きの割に貧乳だ)


 初潮が来ない場合、性別が半陰陽の可能性がある。男であり、女であり、どちらでもない。乳房が小さいのはその可能性もあるが、元々貧乳も考えられる。


 経産婦かそうでないか、まるっきりわからない。病気も、月経があるのかないのかで、変わってくる。


 猫猫は、眉をぴくりと上げ下げしながら診ていく。


 診ていくがわからない、わからないが、なぜかもやもやとした気持ちになった。


(何か見落としているのだろうか)


 違和感があるけれど、それに気づかず、診断は終わってしまう。


(いっそ、下まで見せてもらえたら)


 いや、やめておこう。初診で、上半身をさらしてくれただけ、十分だ。後宮の妃の中でさえ、他人に肌をさらすのが嫌だと断る者だっている。


「もう服を着て問題ありません」


 一度で何でも終わるほど、世の中甘くない。これ以上ぐいぐいいっても仕方がないので、診断内容をおやじに報告するほうが優先である。


「一度、今聞いたこと、調べたことを元に医官と話し合ってまいります」

「わかりましタ」


 付き人は巫女に上着をかける。


 猫猫たちは挨拶をすると退室した。


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― 新着の感想 ―
↓で、「花の盛りにはさぞや見ごろだろう」 「花の盛り」も「見ごろ」も時期を表す言葉なので、これでは「見ごろにはさぞや見ごろだろう」みたいな表現になっちゃってます。と、言っておりますが。 「花の盛り」…
[良い点] 「花の盛りにはさぞや見ごろだろう」 「花の盛り」も「見ごろ」も時期を表す言葉なので、これでは「見ごろにはさぞや見ごろだろう」みたいな表現になっちゃってます。 「花の盛りにはさぞや見ごたえ…
[気になる点] 肉付きの割に貧乳だ ↓ 全読者の半数(当社想定)が、 お前に言われとーないわと思っています。 (多分)
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