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薬屋のひとりごと  作者: 日向夏
砂欧編
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十二、本当の目的


 やはり裏があるということがわかったのは、久々の休みの日だった。


 あまり出入りはするなと言われていたが、花街の状況も気になる。宿舎を抜け出すとこっそり緑青館へと向かった。


 文には特に問題ないと書かれていたが、そのとおりらしい。昼の店はのんびりしており、禿かむろが玄関を掃除し、悪餓鬼が猫の毛毛マオマオと戯れていた。


「そばかす!!」


 毛毛をもったまま趙迂チョウウが走ってやってきた。毛毛は足をじたばたさせ、趙迂の腹を蹴って逃げ出すと、猫猫の後ろに回った。


 一応、猫猫のことはまだ覚えているらしい。猫猫は毛玉をひょいっと抱き上げて、塀の上においてやると、毛毛はそそくさと走り去った。薄情な毛玉だ。恩返しにあとで貴重な生薬でも持ってきてもらいたい。


「おい、なかなか帰ってこないのはどういうことだよ」

「お勤めなんだから仕方ないだろ」


 猫猫は抱きついてくる趙迂を面倒くさそうに頭をつかんで押しのける。


(ん?)


 なんだか身長が伸びていないか、と猫猫は趙迂を見た。毎日、外で遊びまわっているのだろうか、肌も少し焼けている。前歯はしっかり生えそろって間抜けさは抜けた。


左膳さぜんはいるか?」


 薬師見習いについて聞く。


「うん、今、片目のにいちゃんといるよ」


 克用コクヨウもいるらしい。


 猫猫は、顔なじみの妓女に軽く挨拶しながら、緑青館に間借りしている薬屋に入る。


「うん、要点はちゃんと丁寧にまんべんなくすりおろすことだよ。なぜって、混ぜるときに少しでも偏ると、作った丸薬の効能が下がるからさ」

「ふーん」


 すりこぎでごりごりと粉を作る左膳に、克用が丁寧に教えている。ちゃんと仕事をしているようで偉いのだが、狭い薬屋に野郎二人が密着して作業をしているのを見るとむさくるしくて仕方がない。


 暑いのは承知のようで、窓や扉が全開で風通しが良いのだが、それもまた問題だった。


(腐ってる)


 野郎二人が密着して話をしている姿をにやにや笑いながら見ている妓女が数名。克用は顔半分さえ隠していれば美形だし、左膳は地味で目立たない顔だが不細工とまではいかない。


 男娼こと陰間を緑青館では扱っていないので、妓女たちにとってはなかなか楽しいものらしい。


 そんな風にみられているとはつゆ知らずの二人の間に、猫猫はずかずかと奥へ入っていく。


「問題はなさそうだな」

「あー、ちゃんとやってるよーーー」


 相変わらず阿呆そうな口調で克用が返す。


「いや、けっこうきつきつなんすけど」


 ちょっと恨みがましい目をしながら左膳が言う。


「特に問題はないようで何より」

「ねえ、俺の話聞いてくれよ!」


 聞いたところでぐちぐち言われるだけだろう。けっこう左膳はねちっこい。


 猫猫は、軽く薬屋の中を確認すると、変なものが増えていないか、何か切らしていないかだけ見て行く。


「これなんだ?」


 薬ではない、だが見たことがないものが棚の上にあった。薄い煎餅のような、菓子に見えなくもないのだが、点心おやつだろうか。


「ああ。それ。ここにはない薬みたいだから作ってみたー」


 克用は薄い煎餅を一枚とると、すりつぶした薬を上に乗せる。


「こうやって服用するんだ。もしくは、溶かして柔らかくして包んで飲み込む」

「へえ。初めて見たな」


 猫猫は素直に感心する。良薬口に苦しというが、薬を買わない理由としてまずいこともあげられる。猫猫は、蜂蜜を混ぜるなどして飲ませていたが、蜂蜜はそれ自体が高級品だ。舌に触らないようにして飲み込めば、味を調える必要はない。


「でも、これ飲み込むの大変じゃないのか?」

「だよね。子どもや爺婆にはすすめない」


 水もちゃんと用意するといわんばかりに、水差しを振る。


「でも、西方ではけっこう一般的な飲み方なんだって。人種的に唾液が多いからだって聞いたことがある」

「……詳しいな」


 猫猫は目をちょっと輝かせる。


「そういえば、克用はどこで医術教わったんだ? まさか独学というわけじゃないだろ?」


 基本がしっかりしているのはさっき左膳に教えていたのを見ていてもわかる。


「ははは。引き取ってくれた人がさあ、西方の国の人だったんだー。金色の髪で、髭も体毛も濃い人だったよー」

「砂欧人か?」

「うーん、もっと西の人かなー?」


 その話に興味を持たない猫猫ではない。


「そっちの言葉しゃべれるか?」

「ちょっとだけー」

「その育ての親って今どこにいる?」


 猫猫としてはできれば会って話したいところであるが。


「あー、死んだよー。これでねー」


 克用は疱瘡のあとを指しながら言った。


「そうか」


 ちょっと残念に思う。医者が病気にかかって死ぬことは珍しくない。むしろ多い。何より、病気の人間と接することが一番多いのだ。


「話、盛り上がってるとこ悪いけど」


 蚊帳の外にいた左膳が猫猫をつつく。


「あっちで呼ばれているぞ」


 左膳がさす方向に、やり手婆と羅半らはんの姿があった。






 いつも通り密会用の部屋にあげられる。


 やり手婆の面白いところは、見返りが多いほど部屋の豪華さが上がるわけで、今日の菓子は中の上程度だった。ちなみに羅半の養父が来た場合、欠けた茶碗に水一杯しか出されないらしい。


「今日が休みだと聞いて、いるかなあと思ったらいてよかった」

「いや、ちゃんと調べてきただろ」


 こういうのは用意周到でやるのが羅半だ。


「ってか、前置きはいいから単刀直入に話を進めてくれ。こっちは忙しいんだ」

「いや、さっき普通に駄弁ってただろ?」

「なんかおまえと話していると、それだけで時間がもったいない」

「おまえとはなんだ。お兄様と呼びなさい」


 このやりとりはもう十分だ。早く話を進めてもらいたい。


「っで、用事ってのは、どうせ医官付き官女の件だろう」

「話が早くて助かる」


 羅半は用心深い。ヤオ燕燕エンエンもちゃんと身元を調べ、性格的に問題ないかと見てきたのだろうが、それでも本題に入るわけにいかなかったようだ。


「砂欧の巫女の容態を見ることなんだが、もう一つ気になることがあるんだ」

「どういう?」


 猫猫は首を傾げる。


「もし巫女が巫女じゃなかったら?」

「情報は勿体つけず単刀直入に」


 猫猫は饅頭を手に取り半分に割る。中には甘い餡が入っていたので、舌打ちをすると半分だけ口にして残りを羅半の皿に入れた。


(餡無しか肉入りがよかった)


 猫猫は甘い物はそんなに好きじゃない。残念だが、やり手婆は猫猫の好みではなく羅半の好みを優先する。


「巫女の条件を聞いただろ。初潮が来ていない娘に限ると」

「ああ。でも、実際、一生来ない女もいる」


 珍しいことだが、おかしいとは言い切れない。


 だが。


「その巫女とやらが、子どもを産んでいたとしたら?」

「……」


 ぴくりと猫猫の顔が引きつる。


「前提はひっくり返る」

「……いつ頃?」

「巫女は一時期、体調が悪く砂欧の都から離れた場所で療養していたことがあったそうだ。二十年ほど前から数年ほど」


 ふと、絵描きが白い美女を見た頃はいつだったかを思い出す。そうそう白い女がたくさんいるわけがなく、巫女というお偉いさんなら旅の絵描きが見えるような存在ではなかったはずだ。


 でも、田舎で療養しているのであれば納得がいく。


 そして、その巫女が療養の間に子を産んでいたとすれば。


「白い巫女から白い娘が生まれてくる可能性はあるのか?」

「……自然に生まれるよりは高い程度だと思う」


 でも、父親が同じく白子アルビノであれば、ほぼ確実だろう。


 もし、巫女が子どもを産んでいたとして、問題になるのは一つではない。


「その子どもが白娘々とでも?」


 にこりと不気味に笑う羅半。


「正直わからないけれど、合点はいく。白娘々は、今おとなしく幽閉されている。でも、誰からの命でやったのか口を割ろうとしない」


 妙に白娘々に対して、慎重な構えを見せるわけだ。


 どういうわけか、今の巫女の娘である白娘々が他国で厄介ごとを起こしている。それは、砂欧としても白娘々の存在は厄介なものでしかなかろう。


 ただ、それを好都合と思う人間がいるのかもしれない。


 愛凛アイリンを追い出したという政敵がその事実を知っていたとしたら。


「愛凛はそのことについて知っているのか?」

「ああ。でも、立場としては巫女の味方らしいとの本人の発言だ」


 らしい、というのが実に怖い。政治というものはいつ誰が敵になるかわからない。だが、利害が一致している。つまり、愛凛はこちらが白娘々を確保していることを知って、後宮入りしたということか。


(ややこしいな)


 疑問に思う点も多い。巫女の味方といっておきながら勝手に他国の人間に白娘々のことを話している。砂欧にとっては大きな問題ではないか。


(なにかいろいろあるのかもしれないけど)


 猫猫のような政治に疎い人間にはわからないことはたくさんある。ただ、下手に白娘々を処刑できないことだけはわかった。今はそれだけ理解していよう。


「何が言いたいのかよくわからないというのなら、こういえばわかるか?」


 羅半が猫猫の考えをくみ取ってくれる。


「もし巫女の子が白娘々であるとわかったら、それを保護している限りこちらは巫女に貸しを作っていることになる。同時に、こちらの手元に白娘々がいる限り、愛凛を追いやり巫女よりも大きな顔をしている人物への牽制となる。愛凛の話を信じれば、白娘々は政敵とやらに使われていたらしい」


 白娘々が外交の鍵となるわけだ。猫猫の顔がひきつる。


「さすがにここまでの内容は言えないだろう」


 誰にといえば、姚や燕燕にだ。


「だからって私を巻き込むな」


 眼鏡をかち割りたくなる。


「もしおまえが合格していなかったら、本当にどうしようかと思ったよ。翠の貴人にでも頼むしかないが、立場上、いろいろ面倒くさいからな」


 翠の貴人とは、翠苓スイレイのことだろうか。存在しないことになっている者を使うとなれば、まず身元から作らねばならない。適当に官の娘にでっちあげるのだろうが、本来の身元が問題だ。


 猫猫も今回の受験でどんな身元にされるかと心配して、あらかじめ養父の羅門の養女として扱ってくれと言っておいた。今はちゃんとした医官をやっている羅門が身内ならまったく問題ない。


「しかし、今度は砂欧まで行けってことか? 西の都ですらあれだけきつかったのに」


 往復で一体どれだけ時間がかかるかわからない。


「いや、その点は大丈夫だ」


 猫猫が半分に割った饅頭をつまみながら羅半が言った。


「巫女は都までやってくる」

「はあ!?」


 猫猫が怒気をはらんだ声で言った。


 羅半は驚いて饅頭を喉につまらせ、茶をすする。


「どういうことだ? 病気で診てもらいたいって人に長旅させようっていうのか?」


 猫猫はこめかみを引きつらせながら言った。


 口の端に茶のしずくをつけた羅半はどうどうと、手のひらで猫猫を制する。


「それが政治だ。砂欧にとってもリー、この国は大きな役割を持つ。大きな式典にはそりゃ顔を出したいところなんだよ」

「大きな式典?」

「知らないか? 正室が決まり、その御子が東宮となられる。玉葉后の家は、正式に『名』が与えられる。国境付近で力の強い后の家だ。砂欧もいい顔をしたい」

「ああ」


 茘には名持ちと呼ばれる名家がいくつかある。子の一族が滅び、名持ちが減ったが后の実家が名持ちとなるのであれば問題はなかろう。


 東宮のお披露目もあるとなれば盛大な祭りになるのだろうか。


(今までの東宮は短命の子ばかりだったから)


 式典など行う前に死んでしまっていた。


 まだ、今の東宮も一歳に満たないのだが、そこのところは政治がらみの話が混ざっているのかもしれない。


「長旅とはいえ、砂欧には大きな海路がある。季節風に乗れば、陸路よりよほど早くつくんだ」

「それでも」


 他国で何かしら問題があったら、責任を押し付けられるのではないのかと不安になる。他国の重鎮を迎えるのにはそれくらいの弊害が生じる。政敵にとっては、むしろそれが狙いなのかもしれない。


 だがうまくいけば、砂欧と強いつながりが持てる。


「やりたくないかもしれないがやらなくてはいけない。だからこうして頼んでいる」

「……」


 猫猫はむすっとしながら、冷えた茶を飲んだ。


 聞いてしまった以上、もう知らんぷりはできないのだ。


「ちなみにこれを考えたのは壬氏さまだ」


(あの野郎)


 猫猫が口から出かかってなんとか止める。


 壬氏も立場としてなりふり構っていられないのだ。でも、迷惑かけられる身にもなってもらいたい。


「特別手当は出るんだろうな?」

「そこのところの交渉だけは任せておけ」


 眼鏡をきらりと輝かせ、胸を叩く羅半。そこだけは一番頼もしかった。



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[一言] やっぱ、やべぇ義兄妹だ (-_-;)
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