十一、待ち受けていた者
愛凛からもらった菓子は、今度はなんのひねりもなかった。ただ、宿舎近くの食事処で待つと書かれてあった。三人とも同じ文が入っていたところを見ると、やはり合格は三人一緒でないといけなかったらしい。
(ちっ)
してやったりという顔の二人とともに待ち合わせの場所へと向かう。
王都の北部にある店は高級店が多い。猫猫たちが待ち合わせ場所に呼ばれた店もまた上位の高級酒楼だった。官僚が多く、ゆえに個室も準備されている。
「浮いてるわね、私たち」
酒楼、名前の通り酒を出される店だ。高い建物は豪奢であり、品はあるものの、まだまだ十六の娘である姚にとってはなじみのないものだろう。
女三人が立ち寄る場所ではない。
中は多くが大人の男性で女性の姿は給仕を除くと、ほとんど見られなかった。こういう場所に立ち寄るべきではないというのが一般的な考えだ。もっとも、酒の席も花街で慣れている猫猫にとっては、周りの視線が冷たくとも気にすることはなかった。ここには、理性がふっきれた酔っ払いがいないだけましだ。
上品な化粧をした給仕がやってくる。
「なにか御用でしょうか?」
客として見ていない。もしかしたら、求人と間違えた可能性もある。
「西の客です」
猫猫は文に書かれてあった通りのことを口にした。給仕は納得したように、猫猫たちを奥へと案内した。
案内された部屋に入るなり、猫猫は緊張からとてつもない脱力感に見舞われた。
「やあ」
小柄なくせ毛の丸眼鏡をかけた人物が果実酒を口にしていた。いや、酒ではなく水かもしれない。
変人軍師の甥であり、養子の羅半がいた。もう一人男がいるが、羅半がたまに連れている護衛で、話には一切口を出さないから無視していいだろう。
「無事、たどりついてよかったよ。もし、来なかったらどうなることかと思った」
「帰る」
くるりと振り返る猫猫を燕燕ががっちり腕をつかむ。
「なんで帰るっていうわけ? というか、知り合いなの?」
姚は疑問符を浮かべながら猫猫と羅半を交互に見る。
「猫猫さんは漢太尉のご息女ですから」
燕燕が言った。変人軍師の正式名称だ。
「他人です」
猫猫はいつものように返す。
「おや、よく知っていたね」
羅半が感心して言うと、なんでもないという顔で燕燕が返す。
「あれだけ、毎回顔を出されては調べてしまうものでしょう。一部では暗黙の了解となっているようでしたし」
(あの変人め)
猫猫は心の中で悪態をつく。大体、ろくでもないことしかしない。
「そして、この方は、漢太尉のご子息です」
「お兄さん?」
燕燕の言葉に姚が反応する。
「そうだよ」
「違うよ」
「どっちなのよ?」
ここではせめて姚だけでも引き入れておかないといけないと猫猫は思う。
だが、姚は猫猫をにらむ。
「つまり、あなたの身内だってことは最初からぐるだったわけね?」
違う方面で誤解されたようだ。確かに、知り合いが首謀者だとわかればそうおもうのも無理はない。
「それは違うよ」
否定したのは、羅半だった。
「これくらいの謎が解けないような人間なら、たとえ身内であろうといらないよ。だって、使えない者を送り込んでも、厄介ごとが増えるだけさ」
丸眼鏡は狐目をさらに細くして言った。猫猫をかばっていったのではない、これが羅半の本心だ。実の親を裏切り、家から追い出した食わせ者、それが羅半だ。
燕燕が軽く口を曲げていた。笑みのようだが、皮肉さが混じっている気がする。羅半がどんな人物か噂で聞いているのかもしれない。首をかしげている姚に比べると、ずいぶん世間擦れしている。
(むしろ世間慣れしていない主に合わせてつかせたのかもな)
人事としては間違いなかろう。
「立ち話もなんだ。食事をとりながらゆっくり話そうじゃないか」
猫猫は不機嫌さを顔に表しつつ、席についた。立場的に羅半のおごりになるはずだ。せいぜい、高い品物を注文しよう。
「というわけさ」
気軽な口調で羅半は言ったが、内容はけっこう面倒くさいものだった。わざわざ要人御用達の店の個室を選ぶだけのことはある。密談すべき内容だった。
いろいろ嚙み砕いていえば、愛凛の後宮入内は羅半が噛んでいた。理由は愛凛の政敵が権力を掌握しようとしているため、なおかつ命の危険を感じたからだそうだ。
食糧輸入を頼んだのはある意味、命綱を作るためだったといえる。飢饉のときに、食い物を握るというのは大きい。それで対抗しようとしたわけだが。
「それすら無視してきたわけだ」
民のことを考えると気がひけたが、まず暗殺されては意味がない。なので、この国、茘の帝の後宮に入ることにした。表向きは亡命ではない、むしろ他国とのつながりを見せることができる。
猫猫は首をかしげる。
「疑問があるのか?」
「いや、どうも砂欧は女がよく出てくるなと思って」
この国ではまず考えられない。後宮内ならともかく、外では女たちはまず男より位が高くなることはない。官女になるにしても、花嫁修業の一環という考え方である。
確かに、政略結婚の道具としては重要かもしれないが、愛凛ほど口出しできることはなかろう。
「そんなことも知らないの?」
珍しく「ふふん」と鼻が高そうにしている姚。どうにも、猫猫が知らないことを自分が知っているというのがうれしいらしく、説明したくて仕方ないらしい。だんだん、この娘の性格がかわいくみえるようになってきた。
「砂欧という国は、二つの柱で成り立っているの。一つは、王。もう一つは巫女」
巫女の話は少し聞いた。占いによりあれこれ指示するというやつだ。
「政の最終決定権は王が持っているのだけど、ここ最近の情勢は違う」
本来、数年から長くて十数年しか在位しない。理由は、巫女というものが、初潮を迎えていない若い娘、時に幼子と言っていい者がなるわけだ。
いわば象徴、偶像として存在している。
「でも、今の巫女はもう四十を超えている。王よりも年上となれば、本来、くちばしを突っ込むべきところではないところに突っ込むわけだわ。さらに、それによって女たちも政治に口を出す力が強くなったわけよ」
「なるほど」
いくつかはすでに知っていた話だが、改めて納得する。
(四十路過ぎても初潮が来ないか)
猫猫にはそちらのほうが気になった。まれにだが、ある話らしい。原因はいくつかある。時に半陰陽が原因のときもある。その当人たちにとってはどう思っているかわからないことだが、猫猫としては残酷なほどに興味深い。
「過去にもそのような例はなかったのですか?」
「それは本題につながるから、僕から説明しよう」
豚の耳の薄切りをつまみながら羅半が言った。
「過去に同じ事例は数件あったらしい。ただ、くるべきものがこずとも、二十を過ぎたら次の代に移るそうだ」
政治的にも、象徴的にもそのほうがいいだろう。
「ではどうして、今の巫女はまだ続けている」
「今の巫女は特別なんだよ」
懐から一枚の紙を出す。美人画のようだが、髪色は薄く描かれている。
「今の巫女は白子なのだろう。巫女として選ばれる子どもにはいくつも条件があり、その中で最も尊いといわれるのが白い子どもだそうだ」
巫女の中でも稀な白子だ。慣例を無視して、いまだ在位しているという。
「……」
ここでようやく合点がいった。
『白い娘の正体を知りたいか?』
美人絵画家が見た西方の白い美女。もしかして、その美女が巫女だったかもしれない、年齢的にもぴったり合うのではないか。
白子は本来、持っているはずの色を作り出す何かが欠けているという。白い赤子は偶然生まれることもあれば、血筋的に生まれることもある。茘でもそうだが、砂欧でもごく稀なはずだ。
白娘々も何かしら関係があるのか。
「その巫女が、今病に臥せっている。それで、我が国の医師を頼ってきたのだが、相手が元宦官であろうと、巫女は男に触れられてはいかぬらしい」
「それで医官付きの官女を」
「ああ。場所が場所だけに、長旅もしなくてはいけないし、何より国際問題に発展することもある。かなり臨機応変に対処できる人材がいる」
今回の選抜が特に変わっていた理由はそういうわけだったか。
「誰も受からない可能性があったのでは?」
燕燕が言った。
「いなかった場合、別の人物に行ってもらうことになっていた。あくまで最終手段として」
どんな人物だろうかと考え、ふと男装がよく似合う麗人を思い出した。翠苓なら出自を抜かせば、誰よりも適材かもしれない。あくまで囚われの身なので、避けたいところだろうが。
「話を読むに愛凛妃は、巫女の病について心がけているということは、彼女の政敵とやらの牽制になるからでしょうか」
「おおむね間違いじゃないかな」
曖昧な物言いだ。確かに、羅半の言っていることには矛盾がない。ないのだが、猫猫は妙に引っかかっている。
うまい嘘は、巧妙に真実が混じっている。羅半の場合、嘘は言っていないが本当のことも言っていない気がする。
『白い娘』、四十路過ぎの巫女のこととは思えない。
(ここでかまでもかけるか)
いや、下手なことをすれば姚はともかく燕燕に気づかれる可能性がある。
猫猫はとりあえず黙っておくことにした。