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薬屋のひとりごと  作者: 日向夏
砂欧編
156/391

八、運命饼干 後編


「一緒に出すのよ」

「わかっています」


 談話室は、すぐさま借りることができたらしい。十人くらいは入れる部屋なので、三人だけになると広々としている。長卓に頭を突き合わせるように「ほい」と焼き菓子を出す。


 三つの布包みを見る。焼き菓子の数は七個、七個、六個とある。一人分だけ数が少ない。少ないものを持ってきたのは姚だ。姚は気まずそうに視線をそらす。


「ちょ、ちょっとかじってしまったのよ」

「なるほど」


 猫猫は半分千切れかかって文字がにじんでいる紙切れを見て言った。紙切れはちゃんと七枚ある。猫猫の紙切れと同じく、文字が二、三書いてある。


 燕燕のほうは、焼き菓子はちゃんとあるのに紙切れがなかった。


「まだ、取り出してないのですか?」

「いえ、私のには一枚も入っていませんでした」


 筒状になった奇妙な焼き菓子の穴を見せる燕燕。中にはなにも詰まっていない。その言葉を信じるなら、七枚と七枚、十四枚の紙に書かれてある文字で何か意味を成すということだろうか。


(並べ替えたら、何か意味になる?)


 猫猫と同じ考えのようで、姚は紙を混ぜて並べ替えていた。どちらのものかわからなくならないように猫猫の紙切れは折り目をつけている。


 文字を並び替えるが、姚はもとより、猫猫も燕燕も首を傾げている。


「燕燕、あなたわかる?」

「申し訳ありません。私はかじった程度なので。まだ話すほうならできるのですが」


 やはりおやじが書いたのを見ていたのは、多少は読み書きができたからのようだ。姚はまったく読めないらしい。


 姚は不満げに猫猫を見る。


「あなたは?」

「私も同じようなものです。単語がちゃんと並んでいればまだわかるんですけど」


 燕燕と変わらぬくらいだろう。ただ、なんとなく文字列を並び替えると、意味が見えてきそうで来ない。地道にやっていれば、なんとなくわかる気がするが途方もなく時間がかかりそうだ。残念なことに、一枚は歯型とよだれで一文字判別できなくなっている。それがわかっているのか、姚が少し大人しい。


「他に何か手がかりとなるような物ってないのでしょうか?」


 猫猫は焼き菓子を見る。菓子の形は皆同じ。もちろん、まったく同じというわけではないが、見た目として区別できるほど違ったものはない。


「味は?」


 猫猫は鼻をすんすんさせる。どれも同じ匂いで、欠片を口に含んでもやはり同じだった。それに今更どの焼き菓子にどの紙切れが入っていたかなんてわからない。


「やはり、特にこれといった意味はないのでしょうか?」


 燕燕が首を傾げる。


「そういえば、菓子にくじを入れて占うというのが、どこかの寺でやっていたわね」


 籤となると、ここに書かれている文字は、吉凶の意味があるのだろうか。猫猫が見る限りそうでもない。


「籤となると、なぜ一人分だけ何も入れなかったのか。そこが気になるところです」


 猫猫の意見に二人も頷く。


 焼き菓子を渡したとき、これといってどれが誰にという風には見えなかった。


「!?」


 猫猫は菓子を包んでいた布を見る。猫猫と姚の布は無地、燕燕の布だけ柄物だ。


 猫猫は柄物の布地を観察する。生地は後から色付けをしているようで、角ばった模様がたくさん入っている。


「これって」


 猫猫は布地を卓に広げる。そして、模様と紙切れをよく見比べる。模様の角ばった模様に紙切れを重ねる。首を傾げながら重ねていくと、綺麗に全部の紙切れがおさまった。


「つまり」


 文字は横二列に並んだ。いくつかの単語が現れた。文章になっているようだ。


「ええっと、なんて読むの?」

「『白』それから『疑問符』」

「あと『知る』ですかね、これは『正体』かな?」


 一つだけ文字が消えているところが読めない。だが、他の単語を照らし合わせていくと、なんとなく意味が通じた。


「『娘』でしょうか」

「そのようですね」


 合わせて考えると。


『白い娘の正体を知りたいか?』


 ぞくっと全身が粟立った。


(勘弁してくれよ)


 もう終わったことではないか。なのに今更蒸し返されても困る。しつこい、しつこすぎるぞ。


「白い娘って」


 首を傾げるのは姚だ。猫猫と違い、巷を騒がせた白娘々のことは知らないようだ。燕燕は黙って文字列を見ている。


 猫猫としては、これは壬氏にさっさと報告する案件だと思い立ち上がる。立ち上がったとこで、手首をつかまれた。


「どこへ行くつもりですか?」


 掴んだのは燕燕だった。


「どこへと言われても、これは報告する案件ではないでしょうか?」


 猫猫は正直に答える。猫猫は慎重だ。面倒くさい秘密は自分だけで抱えるのはごめんこうむる。


 行動としては模範的と言えよう。


「報告することは間違いではないと思うわ」


 姚も珍しく猫猫に加担した。姚が言えば燕燕も黙ると思ったが。


「こんな謎解きをただの医官見習いにいきなり出すような人はどんなかたでしょうか?」


 燕燕は猫猫を見る。まるで、猫猫が愛凛を知っているかのような口ぶりだ。


(いや、そんなに知らないから)


 でも、かなり曲者だということだけはわかる。単身で、国から逃れるために後宮に入り込むような輩だ。もしこのことを言いつけたとしても、逃げる術を熟知している可能性が高い。


 もしくは。


「これも何かの試験じゃないでしょうか」

「試験……」


 言われてみればそうだ。医官見習いになるには振るい落としが他の官女になるよりも厳しい。試験に受かっても使えないと思えば即座に切られた。


 ありえないこともない話だ。


(いや、しかし)


 さすがに医官の助手として領分を過ぎている気がした。まず、この謎を解くためには、西方の言葉をある程度理解していないといけない。何より、この三人がまともに焼き菓子の情報を共有するとは限らない。


 色んな複合的な面を照らし合わせ、応用力に富んだ人材を探しているようだ。


(まるで……)


 まるで間諜スパイのような。


 壬氏が一役からんでいるとすれば皆無とは言えないだろう。


 そうなると何でもかんでも報告するのではなく、臨機応変に愛凛に話を聞くのもありだ。


 ありだが――。


「報告します」


「話を聞いていたの! 試験だったらどうするの⁉」


 姚が猫猫にくってかかる。


 試験だったとしたら落ちるに限る。猫猫はもう医官手伝いの資格はとったのだ。さすがに、これ以上手伝いの数は減らすことはなかろう。


「安心して下さい。お二人は、妃にご連絡を」


 試験の追加項目に受かるのはこの二人だけで十分だ。追加試験に受かれば、また何をやらされるのかわからない。


(やってられるか)


 猫猫としては医局で洗濯だろうが茶くみだろうが雑用をやりつつ、おやじやほかの医官に薬の調合を教えてもらい、たまにやってくる丈夫そうな武官あたりにでも新しい薬を試したいと思っているだけだ。そんな些細な幸せでいいのに。


 しかし、二人の顔は怖い。


 猫猫をがっしりとつかみ、睨む。主に姚が。


「これは、三人一緒にいないと解けなかったものよ。あなた一人が言いつけるのであれば、私たちも同じとみなされるわ」

「そうでしょうね」


 何が言いたいのかと言えば。


『あなたも共犯なの』


 姚と燕燕の声が重なった。


 猫猫は小さく両手を上げて、苦笑いをした。



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― 新着の感想 ―
[気になる点] 1人だ包が異なったり、 ヤブに土産なし。 怪しかったよな。
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