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薬屋のひとりごと  作者: 日向夏
市井編2
133/388

五、浮かぶ女 後編


 猫猫は壬氏の離宮にて一泊した。卯柳の屋敷で葬儀が行われるのだ。


 本来ならもっと内密にすませたいところだが、ああやって大っぴらに周りに見られてしまったら葬儀も静かにはできない。

 壬氏もまた、葬儀に参列することになっていた。

 

 壬氏の屋敷から、卯柳の屋敷を見ると、白い服を着た女たちがぞろぞろと入っていく。黒い紗を被っていることから泣き女だろう。ずいぶんたくさん用意しているなあと、猫猫は見る。家の周りには花輪が飾られ、首を下げた使用人たちがやってくる出席者を出迎えていた。


 そして、猫猫も自分に与えられた服を見る。白い衣装に白い紗。泣き女の衣装だ。


「正直、これほど似合わない職もないな」


 そう言うのは馬閃バセンだが、その言葉には全面的に同意する。泣き女は、泣いて死者を追悼するのが職である。似合うわけがない。

猫猫がついていくのは壬氏に雇われた泣き女役だそうだ。他に何人か雇っているのでその中に混じれということである。


(そりゃそうだろうな)


 猫猫の面は卯柳にばれている。隠れるにはちょうどいいのだ。


 卓の上には紙でできた銭や日用品をかたどったものが置いてあった。


「金持ちでも本物は使わないのですか?」

「それは成金がやることだろう」

 

 もっともなことだ。しかも、他人の葬儀でやるのは品がない。


 それにしても、皇帝の親族がこういう形式で死者を弔うのは妙な感じがしないでもない。人によっては、皇帝こそ天からの使いであり、崇めたたえるものであるからして。


 紙銭の素材はとてもいいものだった。やぶの村が作ったものだろうか。これを燃やすなんてもったいないと思うが、そこはけちるわけにはいかないのだろう。


 ちらりと壬氏を見るが、彼の顔はどこか気鬱そうに見えた。

 時折、ぎゅっと拳に力を入れて、爪を食いこませている。


 普段ならもっと猫猫に対してからんでくるのだが。からんできたところで不謹慎なのでちょうどいいと猫猫は思う。


「では行こうか」


 壬氏の言葉に、猫猫は表に待たせてあった白装束の集団に紛れ込む。壬氏、馬閃、護衛たちと続き、泣き女の集団が後ろに続く。

 壬氏はほんの目の前の距離だが、わざわざ馬車を用意していた。歩いたほうが早いのだが、そういうのは示しがつかないらしい。


 猫猫たちは馬車に乗らなかった部下とともに、歩いて卯柳の屋敷へと向かう。屋敷の前には天幕がたててあり、屋敷へと入る人間を確認していた。壬氏たちの馬車はさっさと通過しているだろうが、この白装束の集団だといろいろ手続きが必要なようだ。


 受付は、泣き女の人数を確認し、木札を渡す。木札には数字が書かれていた。


「ほら、行くぞ」


 その言葉に、泣き女たちは従う。


 卯柳の屋敷は、水を基調とした庭造りをしていた。

 石畳を進んでいくと、まず両側に水が流れている。柳があちこちで涼やかに揺れ、赤塗りの柱と黄色の屋根の四阿あずまやが点在している。広い池には蓮の葉が浮かび、水面に時折波紋がおこっている。


(魚か?)

 

 そっと水面をのぞくと、ぱくぱくと口を開く何かが見えた。

 黒くてよく見えないが、どうやら鯉のようだ。


 どうやら悪食な彼らは、人の足音を聞きつけてやってきたらしい。しっかり餌付けされているようだ。


「おい、いくぞ」


 猫猫を連れて来た男の言葉に、猫猫は黙って白装束の集団へと戻る。


 屋敷の前には、すでに人が集まっており、違う泣き女の集団が泣いていた。


 弔問客はどこかで見たような顔が多い。

 猫猫が覚えておらずとも、宮廷で出仕していたときに見たことがあったのだと思う。さらに、顔を見られてはいけないな、と紗を被りなおす。


 壬氏が用意した泣き女は猫猫含めて五人、しかし、すでに泣いていた女たちは五十人をこえていた。

 

 他の弔問客も連れて来たのかもしれないが、いささか多いような気がしてならない。声を張り上げて泣くのが女たちの仕事だが、今回は少し抑えめにしている気がする。でなければ、うるさくて仕方ないからだろう。やはり仕事で泣いているのだな、と思ってしまう。


 そんなわけで猫猫もまざり、へたくそな泣きまねをせざるをえないのだが、猫猫以上に下手なのがいたので安心した。泣き女を都中からかき集めるとなれば、やはり下手なのも多少混じってくるものだろう。まだ、恥じらいが残った声なので、仕事をはじめて日が浅いのかもしれない。


 長々とした葬儀の間、ずっと泣くのもつらいのか、時折、前と後ろが入れ替わっていた。つまり、泣きを交代することで、体力の温存をしているのだろう。こんな効率重視の泣き女たちが泣いたところで、死者がうかばれるのかといえば疑問だが、まず死んだ時点で猫猫はなにもないと思っている。彼女たちも食うために仕方ないのだろう。


 猫猫がその順番で後ろに来たとき、そっと袖を引っ張られた。なにかと思ったら、先ほど猫猫を案内した男だった。


「ご説明しますので、こちらへ」


 猫猫は言われるがまま、後ろへと下がる。ちょうど木々が茂っており、隠れるのには十分だ。あれだけ泣き女がいれば一人くらい減っても問題はない。


「先ほどは失礼しました」

「いえ」


 猫猫に対して、偉そうな口をきいたことだろう。別に気にしていないし、それが普通だと思うのだが、こうして慇懃な態度をとるということは猫猫の素性を知っているのかもしれない。


 猫猫はとりあえず、状況を聞くことにした。一応、壬氏や馬閃から内容は聞いていたが、実際の場所を見ながらとではだいぶ違う。


「私もまた、宴に参加しておりました」


 そういって、男はすっと木の上から見える建物をさした。屋根が四重になっている塔だ。高さがあるので、障害物があってもよく見える。


「あの上に、ぶら下がっていたのです」


 あんな場所で首を吊るというのなら、なかなか大した度胸の持ち主だ。異母妹に害をなそうとした挙句、自殺するような人物だからやることも豪胆なのだろうか。


「まるで見せびらかすかのように」


 壬氏の落ち込みようを考えると、苦笑いも浮かばない。あんな態度をとられては、壬氏たちもこれから卯柳を責めることはできまい。


 娘の不始末は親がとるのが基本だが、今回は被害者も実の娘である。たとえ、後宮入りした妃だとしても、ここまで来たら家族間での不幸な出来事だったとされてしまえば、はぐらかされそうなものだ。


(そんなんじゃ、困るんだろうなあ)


 前に梨花リファ妃の元侍女頭がやらかした件もある。あのときは、梨花妃の温情で元侍女頭は里帰りを命じられただけで終わった。


 正直、何事も事件は解決すればいいというものではない。ただ、その落としどころを許容の範囲内にしておかなければいろいろ大変なのである。

 子の一族に対しても、子どもたちとすでに一族から離れた者は別として、他の一族は皆処刑されたのも、皇帝や壬氏が決めた落としどころなのだろう。


 膿を絞りだそうとすればもっと絞りだせたが、これ以上傷口をえぐる真似をしたら、国という体制が崩れることもある。素人目ではあるが、猫猫には妥当な判断だと思った。


 壬氏としては、たとえ娘が死んでいたとしても、その首謀者であったかどうかはっきりさせておく必要がある。そして、それを調べるために猫猫がいる。


「不思議な光景でした。ゆらゆらと白い衣の女があの塔の最上階からぶら下がっていたのです。まるで、浮かんでいるかのように」


 そこで猫猫は疑問を持った。


「浮かんでいるようにですか? 白い衣を着ていたとはいえ、普通、あんな遠目で見つかるものなのでしょうか?」

「それについては、誕生の祝いということもあって、塔は明るく照らされていたのです。庭にも各所、明かりが設けられていましたし」


 そういうわけならわかる。

 

 猫猫は懐から紙を取り出す。あらかじめ渡されていた卯柳の屋敷の地図だ。余所の家ということもあって、あまり詳細に書かれていないが、自殺した塔を、とんとんと指で叩く。


「では、そのぶら下がっていたのが御息女であったというのは?」

「祝いの席で同じ衣を身に着けていました。白い衣に赤い帯をつけて」

「それが他人の可能性は?」


 それについて男は無言だった。ただ、目線をそらし、呟くように言った。


「それを面と向かって口にできると?」


 これについては閉口するしかない。


「それに塔の下に落ちていた遺体は、娘のものでした」

「卯柳さまが確認されたと」

「そういうことで」


 そんな中で猫猫に何か調べろというのは、本当に無茶なことを言う。


「遺体は塔の下で見つかったと」

「ええ、遺体は潰れ、焼けていました。首には千切れた紐がかかっていました」


 あの高さから落ちたら潰れるのは当たり前だ。


「皆、ぶら下がった女を見つけ、塔へと走りました。しかし、上がったところで見つけたのは、千切れた紐だけ。そして、降りてみるとそこに遺体があったと」

「遺体が落ちたときに誰か見た者は?」

「使用人たちが見ていました。ただ、使用人たちがいくら探しても見つかりませんでした」


 見つけたのは塔から降りていた最中、妙な明かりが見えたからだ。かがり火が遺体の衣に燃え移っていた。


「使用人は落ちた場所へと向かったのですよね」

「ええ、ただ、遠目で見たのでわからないと。ただ、ふわふわ浮いていたようだと恐る恐る語っておりました」


(ふわふわ?)


 白い衣ということもあり、幽霊のようだと言っていた。


「そう言えば、今日は泣き女が多いので不気味だと言っていました」


(そりゃそうだろうね)


 ひたすら泣くだけの女が五十もそろったら不気味だ。


「そろそろ、場所をうつるようなので、また来ます」

 

 そう言って男がどこかへ行くと、猫猫は何食わぬ顔で隊列に戻った。


 棺に花が添えられ、周りで火が勢いよく燃え上がっている。若い男がいて、火の中に冥銭を入れていた。他に、衣を模したものや、紙でできた花を燃やす。ああやって、死者のいる世界へと物を届ける習わしだ。身内がやっているのだったら、あれが兄だろうか。里樹妃にとっては異母兄か。


 次の場所へと移動する。ぞろぞろと、目元をおさえた女たちが密集して歩くものだから、何度も前の泣き女の裾を踏んづけてしまった。猫猫が少し距離を置いて歩くと、違う女が思い切り踏んづけて誰かが派手に転んだ。からんと音がして、数字が入った札が転がる。猫猫はそれを拾い、こけた女に渡す。


「ありがとう、出られなくなるところだった」


 その声はまだ幼かったが、こうして泣き女として稼いでいるのだろう。


 かつかつと歩いていくと、また鯉たちが集まりぱくぱくと口を動かす。どれくらい食欲旺盛かといえば、葉っぱが水面に落ちた瞬間、水しぶきが上がるくらいだ。


(ちゃんと食わせてるのか、これ)

 

 餌はやっているだろうが、池が広すぎるためかなりたくさんいるのだろう。


 ふと、猫猫は塔のほうを見た。


 塔の周りにも池がある。


 そして、また泣き女たちを見る。


 猫猫は渡された札を取り出す。


(そういうことねえ)


 猫猫は唇を軽く歪めると、隊列の真ん中へと入っていき、つい泣き女たちの裾を派手に踏んづけてしまった。






 次の場所でも、泣き女としての仕事は終わった。


 壬氏の使いの男はやってきたが、猫猫は一言だけ伝えるとすぐ持ち場に戻った。


 猫猫はへたくそな泣き声を横で聞きながら、どっこいの大根演技で泣きまねをしていたが、途中からさぼっていて横にいた違う泣き女につつかれた。


 仕事を終えた泣き女たちは、使用人に案内され屋敷の外へと出る。

 そして、天幕のところで、木札を返すのだが……。


「ちょっと、よろしいかな」


 天幕の前で待っていたのは、馬閃だった。


 いかめしい顔をして、札を出した泣き女を見ている。


 周りの泣き女たちは顔を見合わせ、不思議そうに馬閃と呼び止められた泣き女を見た。


 泣き女の札の数字は、猫猫が持っていた数字と同じものだった。


 そして……。


 猫猫は、その泣き女に近づくと、深く被った紗をはぎ取った。


 そこには、泣き女に似つかわしくない派手な化粧をした顔があった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 某、漫画の様な事件ですが、果して…
[気になる点] 泣き女……棺桶ダンス⁉︎
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