二十五、西の商人たち 後編
翌日、会合は行われた。
さっくりと終わった。
なぜならば、会合に猫猫はよばれておらず、晩餐会のみ出席という形をとっている。
昼寝をしているうちに終わっていたというべきだろうか。
その晩餐会とやらは、西方の形式に合わせて立って食べるらしい。色々な料理を卓子の上に並べて、各々好きなように皿を持ち、料理をとるという。
(毒盛り放題じゃねえか)
正直、こちらでは慣れぬ様式だ。でも、そのほうがやりやすい点もある。
一つ、なぜかこの方式では、男女組になって出席するのが習わしらしい。基本は、妻や恋人を連れて行く場合がほとんどらしいが、いない場合、姉妹や親戚を連れていくこともあるという。
羅半は『妹』という肩書で、猫猫を皆に紹介しようとしたが、こちらが羅半のつま先をすりつぶすように踏みつけていたので、親戚という形でおさまっている。
一つ、相手が毒を盛りやすいけど盛りにくい。誰がどの料理を食べるかわからないので、任意の人物の暗殺には向いていない。勿論、無差別なら関係ない。
一つ、毒見しても違和感がない。横に付き添って、ぱくぱくつついていればいい。そうなるとちょっと図々しいようにも見えるので、羅半はさらにご丁寧に猫猫を十五の食べ盛りだと年を誤魔化した。猫猫は表情を変えないまま、無事なほうの羅半のつま先をすりつぶした。
食べても食べなくてもいいという方式なら、皆、食べないでもらいたいがそれでは客人にとって不快だろう。
「あくまで予備としてだ」
「ふーん」
楽なような、面白くないような顔で猫猫は答える。
「それにしても……」
じろじろと羅半が猫猫を見ている。
「馬子にも衣装にもなってないな」
「うるさい」
猫猫は重い裳を引きずっていった。
食事が西方式ということもあって、服もまたそれに似た雰囲気に合わせている。さすがに全く同じものを用意することはできないが、その影だけでも似せようと、腰回りに裳を膨らませる骨組みを入れている。西方の衣装はその上、腰をぎゅっとしめ、胸を半分見せるように強調するものだが、生憎、そんな立派な肉はなく破廉恥に見えるので上半身は大袖を着て、腰回りだけぎゅっと帯で締め上げている。
髪も多少つけ毛をして、豪華に盛っているが素材が素材だ。元よりそれはよくなったはずだが、周りにもっと立派な比較対象がいる。薔薇や牡丹の中に、ぺんぺん草が混じったようなものだ。
「安心しろ、蒲公英程度にはなっている」
なぜだろう、そういうことでは察しがいいのが、この従兄弟殿である。
「……」
羅半を半眼でにらみながら、会場へと入った。
(天井が高いな)
最初に思ったのがそれだった。
広さは、緑青館の玄関を二倍にした程度だが、天井が高いぶん、開放感があった。
一部、吹き抜けになっており、天井にはこの地方特有の織物が幾重にも垂れ下がっている。
足元は土足なのに、毛足の短い絨毯が敷き詰められていた。これも特産品だろう。土がつくのがもったいない。
建物の質やつくりは、都のそれと比べるものではないが、それでも精いっぱいもてなそうという雰囲気は受け取れた。
本物の西方の様式を知らない猫猫にとって、これはそれなりに見えなくもないものになっているが、向こうからしてみたらどうなのだろう。
失笑ものの出来になっているのではと思ったが、よく考えると向こうもまた、砂の大地に住まう民なのでそこまで気にしないかもしれない。
「とりあえず手当り次第食べればいいのか?」
「いや、お前は僕のあとについてくればいい」
「?」
なんだろう、人を毒見で誘っておいてその言いぐさはなんだろう。
責任もって、毒を用意してもらいたい。
そんな不機嫌な猫猫を余所に、羅半は客を見ている。同伴が基本なので、女性も多い。
「……」
眼鏡の奥にある狐目が、きらんと光っている。砂欧の民は混血が進んでいるので美人が多い。
この野郎曰く、美人を構成する数字は美しいというのだ。美人が美しいのではなく、構成する数字が美しいなどとわけのわからないことを言っているが、変人軍師の甥っ子なので、こいつもまた変人である。きっと猫猫には計り知れぬ世界が見えているのだろう。
しかし、顎を撫でながら、
「あれなら、皇弟殿のほうが整っている」
などと平気で口にしていることから、女心なるものはわかっているわけがない。
ふと羅半は猫猫を見る。
値踏みするような目は、どうせ整っていない数字を見ているのだろう。
「なあ」
「ああ?」
つい態度が悪くなったとしてもご愛嬌である。そんなの気にするような男ではない。
猫猫はせっかくなのでと、女中から酒の杯をいただく。瑠璃色の玻璃の中に、赤い液体がなみなみと入っている。
葡萄酒だろう。甘口だが悪くない口当たりだ。毒見をしないとなれば、酒が多少入っても問題なかろう。
「皇弟殿に頼んで、子種を胎につけてもらわないか?」
ここで口に入った葡萄酒を吹きかけないだけ、猫猫は大人だったということだろう。葡萄酒の甘みが消え、一気に苦味が増したものをごくりと飲みこんだ。
なぜに、と疑問で返す必要もない。
「どうせお前はためしに産んでみたいだけで、子どもには興味なかろう。皇弟の子なら、僕がちゃんと養育するし、お前は好きなようにやればいい。別に正妻になれというわけではなく、何度か間違いがあればそれでいいのだ。こちらとしても、跡取りが出来て万々歳だ」
「おまえが作れよ」
「どうしても理想の相手がいなくてな」
おそらくその理想の相手とは、壬氏をそのまま女にしたような傾国の美女だろう。そんなのそこらにぽんぽん落ちてはたまらない逸材である。
「皇弟殿は実にもったいない、あの傷が残ってなお、それをこえる美しさのものがいないとは」
「いっそ、お前が切り取って女の胎をうえつけてみたらどうだ?」
「……できるのか?」
真顔の羅半が怖い。猫猫が否と答えると、少し残念そうに俯いた。正道だが、性転換については問題ないらしい。その基準がよくわからない。
壬氏は駄目でも壬氏の子を誰かに産ませてしまえば、それと似たものができると考えていってみたのだろう。猫猫の子なら理由をつけて引き取ることができるだろうし。
あと跡取りといっても娘ならどうなるといえば。
「責任を持って生涯養うから安心しろ」
つまり、育て上げて嫁にすると言っている。
幼女趣味とののしりたいところだが、それだけ壬氏の顔に執着しているのだろう。どうしようもなく駄目なので、誰か知り合いにいい人いないかと言われても、こいつだけは紹介しない。
「ということで頼んでみてくれ」
猫猫は酒杯を飲み干すと、羅半のつま先を踏んづけて器を返しに行った。
(みんな、でかい奴ばかりだな)
混血が進むと、身長も高くなるらしい。西側の人間は身長が高いという点もあるが、そのほかに、雑種になると親の世代より大きくなるのだろう。
人間にはどうかわからないけど、植物で近い種同士で、受粉させてみると、その種からもっと大きな個体ができるという。
余裕があれば、畑でそれを試してみたいな、と思いつつ戻ろうとすると、小さな羅半の周りに壁が出来ていた。
女が一人と、男が二人いる。
男二人のうち、一人は通訳のようだが、もう一人は主人というより従者に見えた。あの三人の中で一番偉そうなのは、胸を強調した服をきた女だった。
明るい髪の色に空色の目をした美女だ。身長も高いのに、さらに踵が高い靴を履いている。
「……」
ちらりと羅半と目があった。
指先でこっちにこいと、示している。
(西の商人との会合じゃなかったのか?)
その女性は商人という感じはしない。その娘という気もしないし、奥方なら従者の代わりに旦那がいることだろう。
どちらかといえば。
(玉葉后と同系統の……)
商いというより政の匂いがした。
(これが本題か?)
なにが西の商人だ、と猫猫は思いながら、裳をつまんで羅半のあとについていった。