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薬屋のひとりごと  作者: 日向夏
市井編1
125/391

二十四、西の商人たち 中編

 

 商談が行われるのは都より西、華央州と戌西州、その中間にある小さな州で行われる。なにか名前を聞いたが、猫猫は覚える気がないと覚えようとしない。


 大河を船で上り、馬車を乗り継ぐこと十日ほど。せっかく春の気配がどんどん強くなってきたというのに、空気が乾いた草原地帯ではこれといった季節の変わり目を感じることはできない。


 猫猫は、商談に使われる屋敷の、それなりの部屋を使わせてもらっていた。使用人が使うにしては、立派すぎるとのことで、服は普段着よりも立派なものを着せてもらっている。けちな羅半にしては気が利いているな、と思ったら必要経費だそうだ。


 ひと月近く都を離れるとのことで、周りには伝えてある。やり手婆の表情は厳しかったが、黄金色の菓子さえ渡せば、にんまりと頬をゆるめる。これも必要経費だと羅半はいっていたが、なんだかくやしそうに見えた。


 砂欧シャオウの商人との会合は明日になる。それまで、羅半は忙しいのか動き回っていて、卯柳とかいう男もそれなりに忙しそうにしていた。

 小耳にはさんだところによると、婿養子として選ばれたのは、元々商才があったかららしい。その当時、卯の一族の本家の財政は厳しいものであったらしく、遠縁に豪商の次男がいたのは幸いだったのだろう。


 猫猫は窓の外を見る。三階ともあって見晴がいい。

都と違い、石や煉瓦を多く使った家が目立つ。庭園には池があり、青々とした植物が見えるが、屋敷の外に緑はまばらだ。


 もう少し西に行けば、砂漠が広がっている。


 乾いた風が頬を撫でる。


 あんまりおもしろい植物はなさそうだ。


 猫猫はつまらなさそうに眺める。

 

(蠍でも捕まえにいこうか)


 ここらには生息しているらしく、起きたら履の中を確認してから履くように注意された。


 それにしても微妙な場所で会合するものだ。


 先日の会合は都で行われたが、それは事前の打ち合わせのようなものらしい。本当のお偉いさんは、今回やっと現れるとのことで、都ではなくこちらの街でやることになっている。


 地理的条件を考えると、ここより発展した戌西州でやるべきだと思うが、そこはなんだか面倒くさいことが絡んでいるのだろう。


(卯の一族ねえ)


 自分の娘をどんどん後宮に入れようとする卯柳とやらにとっては、戌西州は目の仇のようなものだろう。

 そちらは、ただいま正室となられた玉葉后の故郷である。本来、そちらに任せてわざわざ自分が出張る必要はないと思うが、これは対抗意識だろうか。


 その卯柳がこうして商人との会合する任についているのに、猫猫は一つ思う事があった。


 玉葉后の実家についてだ。


 実は、后の家は名すら与えられていない家らしい。僻地にあるためだろうか、皇族から名を与えられる機会はなかったという。大きな家でも、その名があるのとないのとでは、少し威厳というものが違ってくるらしい。


 そんな家に生まれた胡姫。すなわち、異国の血が流れる姫が玉葉后なのだが、そこも問題がある。玉葉后はおそらく妾腹の子か、遠縁から引き取られた養女だろう。西の地にいる異国のものは、多くは商人もしくは芸人が多い。


 玉葉后の素養に問題があるとは思わない。まだ御年二十一とお若いが、その賢さとしたたかさを猫猫はよく知っている。


 でも、周りとしては、まだ二十一の、名も持たぬ、異国の血を引く女を后としたことに反感を持たぬことはないだろう。


(なんでまた、そんな真似を)


 せめて、あと何年かしてもいいのではないのか。東宮が生まれたとはいえ、まだ幼い。正直、どんなに丁寧に接していても幼い子は死にやすい。


 政治についてよくわからない猫猫だが、それでも気づくことがある。


(国境沿いだからかねえ)


 お偉いさまの思惑について、深く考えても疲れるだけだと思う。


 猫猫は大きく伸びをすると、寝台に転がった。布団は羊毛で織られておりあたたかい。夜は急激に冷え込むので、この布団は助かっている。


 寝台でごろごろだらだらしていると、外から扉を叩く音がする。


(あっ、もうそんな時間か)


 猫猫は起き上がり、服の皺を伸ばすと、部屋の外へと出た。






「はい、次」


 目の前で皿に盛られる料理を見る。


「これも」


 盆に並んだ皿は、色合い鮮やかだ。ここらでは貴重な野菜を使い、彩をそえている。羊肉を中心に作られた料理だ。


 猫猫は、厨房をちらちら見る。


 原材料に変なものは見えない。


 作っている最中に変な動きはないか。


 それを見ている。


 表向き、料理の勉強のためと席を設けてもらっているが怪しいことこの上ない。

 それでも、「お前らが変なもの入れるか心配だから見ている」なんて口にはだせないし、向こうもそれをわかっているので、黙っている。


 ゆえに猫猫に向けられる視線は鋭いものであるが、いちいちそれを気にしてはいけない。


(ほうほう)


 土地が違えば、料理もちがう。

 その材料を見ると面白い。


 主食は小麦を中心とした麺麭パンで、米も使うが粥というより具材とたきこんで味をつけてある。蕎麦の実も米のようにたきこむらしいが、中央では馴染みがないものなので作らないでもらっている。猫猫としても、そのほうが嬉しい。


 麺もあり、羊肉と一緒に煮込まれている。臭みを消すために、香味野菜を添えられていることが多い。

 

 正直なところを言えば、ここの地方の料理はくせが強い。猫猫は特に気にならないが、お偉いさまがたはなにかと文句を言っている。山羊の乳が入った汁が腐っているとか、羊や山羊以外の肉が食いたいとか。


 こんな風に猫猫がしっかり監視していなければ、唾でも吐いていれたくなる態度だろうと思う。


 それでも、やれる限りのことはやる玄人プロなので、今日は新しい食材を仕入れてきたようだ。

 鶏肉と魚に、籠にあるのは干した果実だろうか。ここらで魚を手に入れるのは大変だったろうにと、猫猫は思う。


 そんな風に観察しているうちに、夕飯が出来上がったらしい。荷台ワゴンにのせられて運ばれていく。

 猫猫はそれを運ぶ使用人についていく。


 食事は屋敷の広間でとられる。


 絨毯が敷かれた上に座り、中心に大皿の料理が置かれていく。


 この方式もあまり中央の人間が好まないだろう。


「蛮族の食い方か」


 そう罵る者もいた。


 遊牧民の食事方法に似ているためだろう。

 箸を使わず、素手で食べるものもいるのも一因だ。


 猫猫は、すでに座っている羅半の隣、その半歩後ろに座る。女が同席することも嫌う風潮だが、一応、猫猫は客人として扱われている。奥に卯柳がいて、その近くに座っているのが、この街の主だろう。


 髭をたっぷり生やしたいかにも男らしい男だ。覚える必要がないと、猫猫は名前を聞いても覚えていない。


 周りではかいがいしく世話する女たちがいる。皿が空いたら次の料理をよそっているが、生憎、卯柳の食欲はない。

 炊いた米と骨付きの羊肉に手をつけただけで、あとは酒のおかわり以外断っている。


 羅半は、魚料理が気に入ったらしく、そればかり食べている。心なしか料理人たちがほっとしているように見えた。


 猫猫も魚をいただいた。塩漬けにされた青魚で、それで保存をきかせていたのだろう。少し変わった臭いがするが、たぶん発酵臭で腐敗ではない。


 都で新鮮な魚を食べ慣れた身としては、ものたりないかもしれないが、羅半には羊肉より臭みが気にならずよかったのだろう。


 猫猫は気にせずまんべんなく食べる。


 こういう形の食事形態では毒見も何もないので、最初に少しずつ全部食べて変なものが入っていないか見るより他ない。

 

(この様子だとこういう食事形態だろうな)


 砂欧は遊牧民が多い地方だ。文化的にこの地方と似ているだろう。


 誰が食べるのかわからない分、それをよそう使用人たちに目を配らないといけない。あと、どんな食材があるか知っておかないと、香味野菜を毒草と間違えかねない。


 そんな感じで、料理の味と見た目を覚えながら食べる。


 もぐもぐ食べていると、そっと酒杯がおかれていたりするので気が利く使用人だな、と見ていると、隣に座っている男がおいていた。


 どうやら酒を使用人に注がれたのはいいが、本人は飲まないらしい。


 三十路ほどの男で、痩せ型の顔立ちの整った男だ。

 たしか、この男が、羅半が言っていた変人軍師の部下だろう。名前は……。


「……」


 覚えていなかった。


陸孫リクソンです」

「陸孫さま」

「敬称は無しでお願いします、猫猫お嬢様」


 『お嬢様』という言い方をしたところで、猫猫は思い切り顔を歪めてしまった。しかし、訂正するのも腹立たしいのでこういう条件をだした。


「では陸孫で」

「では猫猫で。私は下戸ですので、飲んでいただけると嬉しいのですが」


 そう言われると、遠慮するわけがない。


(酒に変なものが入っていては困るからな)


 猫猫は、杯に口をつける。葡萄酒で、それほど酒精は強くない。料理はともかく酒は悪くないな、と猫猫は思う。ただ、一通り料理を口にしてからでないと、舌が鈍くなっては意味がない。


 水を飲んで口の中を一度元に戻してから、次の料理を取ろうとする。


 使用人たちは、猫猫のことを後回しにするので、自分でとるしかない。


「こちらでよろしいですか?」

「ありがとうございます」


 猫猫がとりたかったものを差し出してくれたのは陸孫だった。ちゃんと、少しずつ分けて入れてくれた。


 無駄にあの変人軍師についているだけじゃないようだ。気の配りようが半端ないからこそ、あの男についていけるのだろう。


 陸孫は、たびたび使用人を呼び止めながら、あれをとってくれ、これが足りないと指示している。


 一見人使いが荒いようで、その視線は使用人の顔や体型に向かっていた。


(覚えているのか)


 猫猫が使用人の顔を覚える必要はないようだ。


 こちらの男に任せておいてひたすら料理と食材の味を覚える。


 そのときだった。


 がしゃんと食器が割れる音が聞こえた。音のする方向をみると、怯えた女中と手を振り上げた卯柳がいた。


 その横であっけにとられた顔をするおさがいる。


「いらぬといっておろう」

「……す、すみません」


 女が怯えながら皿を片付ける。皿は弾かれ、壁に当たって割れたようだ。中の具材が散らばっている。


(もったいない)


 せっかく用意した魚料理を食べてもらいたかったのだろう。気持ちはわからなくもないが、使用人としては出過ぎた真似だ。


 長は、髭をいじり違う使用人に耳打ちをしている。

 折檻を受けるか、首になるかどちらかだと思う。


 可哀そうだが、それも仕方ない。

 そういうものだと、猫猫は食事を続けた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 中央アジアの人たち~商人や遊牧民の習慣、風習、食事風景がよく描写されていますね。地を移動私生活を営む者ですので、多くの物を持ち運ぶわずらわしさを省くための大皿料理。生活の知恵がよく表れてい…
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