01 揺るがない価値観
「グラーシャ・アレノームス!今、この時をもって私は君との婚約を破棄する!」
カンドム王国の王宮の大広間では、小国でありながらもそれなりに華やかで美しい夜会が開かれていた。
天井には、ガラスで作られたシャンデリアが藤の花のように咲き乱れ、大広間全体には貴族達の談笑する声で賑わっていた。それに混ざるように宮廷楽団が奏でる惚れ惚れした美しい音色も耳をすませば聞こえてくる。
その美しい時間を容赦なく壊すようにそう告げたのはこの国の王太子であるイネプ・カパクスだ。
「そんなっ・・・・・?!一体私が何をしたというのですか?!」
イネプの婚約者であったアレノームス大公家の公女のグラーシャの戸惑いの声がその場に響き渡った。
イネプの傍には可憐でとても可愛らしい、言葉を選ばずにいうとすればまさしく男好みの女の子、が寄り添っていた。グラーシャという婚約者がいるにも関わらず、彼女の側にイネプはおらずエスコートもしなかった。別に、そんなことは今までだってあったし内心ではどうせ今回もだと思っていた。だが、自分が本来立つべき場所に他の女が立っているという事実はとても気分が悪かった。
女遊びが過ぎるイネプを困惑の瞳で呆れたように見つめるグラーシャの目はかすかに揺れていた。
「何をしたかだって?テネラを虐めておいてよく言えるな」
どうやら彼女の名前はテネラというらしい。
(テネラ、・・・・・テネラ・アマービリス、ね)
彼女はいわば有名人だ。
去年の春を思い出さない人はいないだろう。学年が上がって新入生が入ってくるあの時期はうるさかった。
学園中の男子が『可愛い子が来た』、『見に行こう』と騒いでいたからだ。その原因が、この目の前にいるテネラ・アマービリスだった。
テネラは男子の意思を汲み取ってか、自分から男を誘惑するような女で付き合っては振ってとその行動を繰り返していた。バカな男子の連中はいつかフラれると分かっていてもやめられないのだと意味のわからない事をその度にほざいていたのを今でも鮮明に思い出せる。
ただ、男からの総合の好感度で言うとテネラに勝ってる人物がいた。
それこそが、グラーシャ・アレノームスであった。
成績優秀で美人、誰に対しても律儀で礼儀正しいグラーシャは貴族の令嬢の目標点で、完璧に近い彼女は異性を含めて人気が高かったのだ。
だからこそ、テネラの方は勝手に敵対心を抱いていたのだろう。
(つまり、私は一切テネラ嬢に手は出していないという事)
「申し訳ありません。私には何のことだか」
思ってる事を口に出すとイネプは真っ赤な顔をして声を荒らげてグラーシャに怒鳴った。
「とぼけるつもりか?!なら、お前にはアルゲント帝国への国外追放、並びに王立学園の退学を命じる!」
(国外追放ですって?!それも、アルゲント帝国?!退学の方は余計に意味が分からないわね)
困り果てて周囲を見渡すと心配そうに自分を見守ってくれている王族派の貴族の複数人と目があった。となると、王族派の人間ではないのだろう、テネラは。いや、アマービリス家は。
思った通り左から右に視線をずらすと視界に入ってきたのはニヤニヤと意地汚い笑みを浮かべている貴族派の連中だった。
その中には、テネラによく似た顔の男がいた。
(きっと、この人の父ね。そして、―私をこんな目に合わそうと企んだ愚か者だわ)
グラーシャはあまりの愚かさにやれやれと肩をすくめた。
簡単な話だ。貴族は王族派と貴族派に分かれていて双方は対立している。自身の娘を婚約者にしてグラーシャを追い出す事で貴族派の人間にはとても有利に働くという事に気がついたのだろう。あながち、それは間違いではなかったのでその点は評価してやった。
(それにしても、下級貴族である男爵家がよく上流階級の大公家に喧嘩売ってきたわね)
そう不思議に思ってると、自分の思い通りにいかなかったらしいテネラが爪を噛んで悔しそうな顔をしながらイネプの服をツンツンと引っ張って何かを催促した。
「何をしている、衛兵ども!この女をさっさと連れ出せ!目障りだ!」
衛兵がその言葉に戸惑いながらも一歩ずつグラーシャに近寄ってくる。例え、自分よりどんなに愚かでも王族と貴族の立場は変わらない。貴族令嬢としてここで暴れるわけにはいかないグラーシャが一歩も動けないのにも関わらず、彼らが一斉に襲いかからないのには理由がある。
「それ以上、グラーシャ様に近づけば命はないと思え」
横から慣れ親しんだ冷たい声が聞こえたかと思うと剣を鞘から抜く音が聞こえて、その人物は剣を衛兵達に向けて牽制した。
「エクエス卿」
グラーシャは自身の近衛騎士の名を呼んだ。
エクエス・フェンデルは王族の騎士団ではなく、大公家の騎士団に所属している。そして、長年、グラーシャの近衛騎士としての責務をしっかり果たしてきていた人でもあった。
故に、守るべきであるグラーシャに衛兵が近づかないようにしている。
エクエスの実力はもはや王家の騎士団を凌ぐほどの強さであり、 そんなことは誰もが知っていた。
「我が魔力よ。我の意思を命とし現われよ。―氷結」
だが、いつまで経ってもこの緊張感が続いてるわけにはいかないと思ったグラーシャは魔法を詠唱した。




