第042話「格差」
鑑定を手に入れた翌日。狩りの手順が変わった。
主の巡回通過を確認し、拠点を出た。回廊を壁走りで南東へ向かう。岩棚の上で熱感知が反応を拾うたびに、名前とレベルが頭に浮かぶ。知覚するだけで判断が終わる。昨日までの偵察戦が丸ごと消えた。
棚の張り出しに、蟻がいた。
――――――――――――――――――――
種族:アイアンジョー
Lv:6
――――――――――――――――――――
俺が鉄噛み蟻と呼んでいたやつだ。
この種は厄介だ。殻が硬く、顎の威力がこの層の蟲の中で一番高い。以前の戦闘でも、初手を間違えれば噛み砕かれていた。
壁走りで上方から接近した。アイアンジョーの弱点は首の付け根だ。頭部と胸部をつなぐ関節の隙間。そこに毒牙が届けば、殻の上からでは浸透しない毒を直接流し込める。
三メートルまで詰めた。アイアンジョーが振動を感知し、頭部をこちらに向けた。顎が開く。噛み合わせの力は鎧鱗毒蛇の鱗でも砕ける可能性がある。Lv6でも、顎だけなら俺のLv9を超えている部位がある。数字が全てではない。
壁面を蹴って飛んだ。
アイアンジョーの顎が閉じた。空を噛む金属音。俺はその横を抜けて、背中の上に着地した。
首の付け根を狙って噛みついた。外殻粉砕を乗せる。殻にひびが入る——が、割れ切らない。この種の関節部は、他の蟲より接合が厚い。毒牙も入らない。
噛んで毒を入れる戦い方が通じない相手だ。
アイアンジョーが暴れた。全身を左右に振り、俺を振り落とそうとする。背中の殻の上で体を巻きつけて堪えた。締め付けLv2で胴体を固定する。
こいつを壁に叩きつけようとした。俺ごと壁面に突進してきたのを急旋回で体の角度を変え、逆にアイアンジョーの側面を壁面に押しつけた。鱗硬化で衝撃を受けながら、壁と俺の体で蟻を挟む。
殻にひびが走った。だがまだ足りない。
締め付けで体勢を崩し、ひっくり返した。腹側の殻は背中より薄い。六本の脚が空を掻いた。
外殻粉砕を腹に叩き込んだ。
———割れた。蟻の体が跳ねて、脚が止まった。殻の裏側は思ったより脆い。背中の装甲を信頼した種は、腹に回られるとこうなる。
食った。硬くて量がある。この層では上等な獲物だ。
◇ ◇ ◇
帰路を取ろうとした時、振動感知に重い圧が入った。
南東方向。近づいてきている。
主の巡回だ。二回目が早い。予備の時間を使う想定だ。
壁面に張りついた。岩の色に鱗を溶け込ませ、息を絞る。壁走りLv3で壁面に完全固定し、振動を出さない。
重い圧が近づいてくる。泥底を押す周期的なリズム。回廊全体が震えている。
熱感知の範囲に入った。巨大な長い体。泥底を割って進む影。幅は俺の五倍以上。脚はない。先端が泥を押し分けて、通過していく。
鑑定が起動した。
――――――――――――――――――――
種族:スワンプロード
Lv:16
――――――――――――――――――――
壁面に張りつく力が一瞬抜けた。すぐに戻したが、鱗の裏が冷えた。
Lv16。
アイアンジョーを仕留めるのに、壁に叩きつけてひっくり返して腹を砕くまでかかった。毒牙が通らない相手を力業で仕留めた。
あの体にそれが通じるとは思えない。
スワンプロードが通過していった。振動が遠ざかり、回廊が静かになった。
壁面から力を抜いた。張りつくのに使った筋肉が全部痛い。
◇ ◇ ◇
拠点に戻り、体を丸めた。
スワンプロード。この層の主に、ようやく名前が付いた。個体名ではなく種族名だ。この種が、種として存在しているということだ。
今の鎧鱗毒蛇では届かない。必要なのは進化だ。進化すれば基礎値が跳ね上がる。レベルは1に戻るが、器そのものが別物になる。
進化91%。あと一割を切った。
遠く、スワンプロードの三回目の巡回が泥底を押す振動が届いていた。あの振動の中を、いつか正面から突っ切る。そのために、まず器を変える。




