第023話「試し噛み」
今日は大型百足への毒がどこまで通るかを確かめる。
いきなり本番で勝てるほど甘くはない。大型百足に一噛み入れて、生きて戻る。今日の目標はそれだけだ。
◇ ◇ ◇
北西通路の入口で顎を床へつけ、振動感知を広げる。大型百足は昨日までより明らかに外側を回っていた。
深部に押されているのか、縄張りを維持できないのか。どちらかは分からない。今日見たいのは、その脚がどこまで乱れるかだった。
通路の角で待っていると、やがて振動が膨らんだ。長く、太く、脚が多い。
大型百足が角を曲がる。頭節、前脚、中胴———まだだ。後ろ寄りの脚が角にかかった瞬間、体を滑り込ませた。
狙うのは脚の付け根だった。硬い殻そのものではなく、その奥の薄い継ぎ目へ牙を押し込む。前より深い。毒液圧縮で細くした毒が抵抗なく入っていく感触があった。
その瞬間、百足の全身が跳ねた。
体を離す。次の瞬間、さっきまで頭があった位置を脚が薙いだ。岩が削れる。まともに食らっていたら終わっていた。
大型百足はすぐに向きを変えた。速い。明らかに怒っている。
だが脚運びが一つだけ乱れていた。今毒を入れた場所だけがほんの少し遅れている。
——通った。
毒は通った。そう確信した瞬間、体の奥が熱くなった。
嬉しかった。かなり嬉しかった。大蛇に追われてからずっと胃の底に溜まっていたものが、ほんの少しだけ晴れた気がした。
致命傷ではない。都合のいい話ではなかった。それでも、通ったという事実だけで十分だった。
俺はそのまま通路を離れた。
追ってくる振動が後ろで一度だけ壁を叩いた。嫌な音だったが、追撃は来なかった。脚の一つが鈍っているのか、曲がり角の向こうで何度か軌道が乱れたのが分かった。
勝ちではない。だが負けでもない。この一噛みの見返りとしては十分すぎた。
◇ ◇ ◇
帰り道の湿った細道で、別の振動がまとわりついた。小さなものがいくつも重なって、その全部がやけに近い。
次の瞬間、腹側に冷たいものが張りついた。
吸血蛭団子だった。
……なんだこれ。
拳大の蛭が何匹も癒着したみたいな塊で、床を転がるより貼りつく方が速いらしい。鬱陶しい。
しかも大型百足の直後だ。帰り道で時間を取られたくなかった。
一つずつ引き剥がしていてはきりがない。牙で噛み砕いて動きを止め、そのまままとめて飲み込んだ方が早かった。
味については話したくない。そもそも味で評価する相手ではなかった。
食った直後に通知が来た。
『吸着抵抗 Lv1 を習得しました』
直後に別の一塊が張りついてきた。鱗の表面に薄く膜が張ったみたいに、ぬめりが食い込みにくくなっている。
次の一塊はさっきより剥がしやすかった。それなら早い。張りついてきた塊を順に噛み潰し、動きが止まったところからまとめて処理した。
最後の一塊が止まったところで、体の内側が軽くなった。
『Lv2になりました』
全快したらしい。命懸けの試し噛みの直後に全快まで付くなら、今日はだいぶ景気がいい。
◇ ◇ ◇
池へ戻ってから、頭の中だけで整理した。
大型百足に毒は通る。一噛みでは足りない。だが脚を乱せる。勝ち筋はある。
必要なのはもう一段の火力か、動きを止める地形か、その両方だ。あいつは角を曲がる瞬間だけ脚の並びが崩れる。一回で足りないなら、二回、三回と同じ場所を取ればいい。
捕食継承が確率なら、やることは分かりやすい。欲しいスキルが出るまで食える相手を周回して食う。
進化は24%まで進んだ。数字としてはまだ軽い。だが今日の本題はそこではない。
大型百足は、倒せない相手ではなくなった。
その代わり、次に行く時はもっと怒っている。
怖い。それでも、さっきよりは前に出られる気がした。その感覚だけは、ちゃんと本物だった。




