第019話「白い糸」
今日は右ルートへ行く。
昨日と同じ場所に行くが、目的は違う。砂の間を確認するためではない。その先にある通路へ入って、右ルート側の選択肢を増やすためだ。
三叉路の空気まで変わり始めた以上、北側だけを頼り続けるのは危ない。怖いから後回し、では済まなくなってきた。
◇ ◇ ◇
砂の間までは問題なかった。
三十五センチ幅の跡はまだ残っている。昨日より崩れているが完全には消えていない。この部屋を通る何かが今も近くにいる可能性が高い。
落ち着かないが、止まっていても進まない。
奥の通路へ入った。
少し進んだところで、顔に細い感触が触れた。
糸だ。
反射で止まる。
……全部か。
通路の幅いっぱいに白い糸が何本も渡されていた。一本なら大したことはない。何本も重なると別の話になる。体の長い蛇は絡まるものと相性が悪い。粘る糸に前から突っ込んで動けなくなったところを噛まれる。だいぶ想像しやすい死に方だった。
熱感知を伸ばす。
二メートル先の壁際に熱源が一つ。脚が多い。三十センチ前後。蜘蛛だ。
六日目に戦った系統と同じだが、場所が悪い。あの時は空間があった。今回は狭い通路に糸がある。条件が違う。なら戦い方も変える。
◇ ◇ ◇
まず糸を一気に切るのはやめた。揺れで気づかれる。
頭を低くして端の糸をそっと押す。張り具合を確かめる。弱い。二本目。三本目。右側だけなら、体半分を滑り込ませる隙間が作れそうだった。
その時、蜘蛛が動いた。
気づかれた。
前脚が上がり、体が横へずれる。糸の陰からこちらを見ている。壁を背にした位置取りだ。正しい立ち回りだった。
先に動いたのは向こうだった。糸が飛ぶ。横へずれた。頬の横を白い線が抜ける。通路が狭いせいで避ける幅に余裕がない。同じ場所で二発目は受けられない。
なら詰める。
残っていた糸を体で押し切る。鱗に粘りが絡む。気持ち悪い。だが止まらない。そのまま前へ出て、蜘蛛の脚の付け根へ噛みついた。
柔らかい。毒を流す。
蜘蛛が暴れる。脚が通路の壁を叩く。一本が胴に当たった。軽くない。離れず横へ巻く。完全な締め付けにはならないが、脚の向きをずらせれば十分だった。壁へ押しつける。体勢が崩れる。糸を出そうと腹が縮む。そこへさらに巻きを足す。
止まれ、と思ったところで通知が来た。
『締め付け Lv3 になりました』
きつく巻いた感触が一段だけはっきりした。体の使い方が噛み合う。向こうの脚が開ききらない。この世界の成長は現場主義だ。締めながら覚えろ、という方針らしい。巣の中で蜘蛛を巻いている最中に上がるのだから、タイミングとしては正確に正しい。
数十秒後、蜘蛛の暴れ方が鈍くなった。毒が回った。もう一度だけ巻きを強める。脚が壁を叩く音が止まり、通路が静かになる。
直後、体の奥が軽くなった。
『Lv10になりました』
蜘蛛の一撃は軽くない。その分だけ、勝った直後の全回復はありがたかった。
◇ ◇ ◇
蜘蛛を食べた。
中身が軽い。外は薄い。百足ほど詰まっていない。食事としては物足りない。だが今日はそれで終わらなかった。
通路の先に小さな巣部屋があった。
床にも壁にも白い糸が張っている。卵房もある。ここが本拠地だろう。なのに様子がおかしかった。
糸の何本かが、外からではなく内側から破られている。
卵房も一つ裂けていた。蜘蛛が自分で壊したのではなく、重い何かがそのまま押し切った痕に見える。
そこまで考えた時、奥で砂利が鳴った。
小さい音だった。すぐに二度目が来た。今度は重い。岩を擦るような、低い音。
熱感知には映らない。距離か、壁か。何かはいる。
——映らない。
俺はすぐ壁際に寄った。数秒後、裂け目から小さな蜘蛛が一匹飛び出してきた。さっきの相手よりひと回り小さい。こちらへ向かってくるのではなく、横を抜けて逃げようとしていた。
追われている。
その時点で十分だった。反射で噛みついた。短く終わった。毒を入れた瞬間に勢いが落ちる。
食べながら裂け目を見た。奥からは何も出てこない。だが出てこないから安心できる、ではなかった。何も見えないまま蜘蛛だけが巣を捨てて逃げてくる。分かりやすく嫌だった。
◇ ◇ ◇
池へ戻ってからステータスを確認した。
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【ステータス】
種族:若蛇
レベル:10
HP:34/34 MP:18/18
攻撃力:18 防御力:18 素早さ:23 知力:16
魔力適性:なし
【スキル】
熱感知 Lv1、毒牙 Lv3、振動感知 Lv2、締め付け Lv3、鱗硬化 Lv1
認識範囲:2m
次の進化まで:48%
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Lv10。締め付けLv3。進化48%。
数字だけ見れば伸びている。新しい通路に踏み込んで、糸の条件違いを処理して、スキルも上がった。
だが右ルートの先には、蜘蛛の巣を内側から壊す何かがいる。
裂け目の縁に灰色の太い鱗片が一枚落ちていた。
次に見るべきものは、もう決まっていた。




