第017話「砂の間」
今日の目的は一つ。
右ルートのさらに奥を確認する。
昨日、洞窟甲虫は倒した。Lv8になって、進化は32%まで進んだ。だが、通路そのものはまだ続いていた。加えて、東の隙間は今の体でも通りやすいとは言えない。次の進化で体が太くなれば、向こう側へ行ける時間は長くない。
なら、今日やる。
先延ばしにして状況が良くなる気はしなかった。
◇ ◇ ◇
大型岩トカゲは一匹だった。
首の付け根に噛む。逃げる方向へ巻く。止まるまで待つ。
これで終わりだ。
以前なら「どう巻けば暴れにくいか」を考えながらやっていたが、もう考える前に体が動く。学習とはありがたい。だいたい痛い目を見てから始まるのが問題なだけで。
食べながらHPを戻し、そのまま川沿い通路へ入った。
◇ ◇ ◇
昨日の洞窟甲虫の死骸は、外骨格の欠片しか残っていなかった。
中身は綺麗に消えている。
残飯処理班がこの洞窟にいるらしい。姿は見たくないが、掃除は丁寧だった。通路を死体で塞がれないのは助かる。
さらに進む。
苔が薄くなり、床に砂が混じり始めたところで、熱感知に反応が入った。
二メートル先。熱源一つ。
洞窟甲虫だ。
昨日と同じ六本脚、黒い外骨格、硬い腹。
ちょうどいい。昨日の勝ち方を偶然で終わらせず、戦術に変えられる。
◇ ◇ ◇
正面には立たない。
側面へ回る。腹の下へ潜る。巻く。押す。
ここまでは想定通りだった。
半分ほど傾いたところで、甲虫の脚が俺の胴を挟んだ。
重い。
昨日の一撃とは違う。密着したまま圧力が一点に集まり、鱗の間へ食い込んでくる。このまま押し返されたら、ひっくり返す前にこちらが削られる。
まずい、と思った瞬間、体の表面が勝手に締まった。
鱗の一枚一枚が硬く噛み合う。
圧力が散った。
『鱗硬化 Lv1 を習得しました』
来た。
この世界のスキルは本当に雑だ。痛い、潰れる、じゃあ防御だ、で生えてくる。分かりやすい。だいぶ体育会系だが、今は文句を言っている場合じゃない。
耐えられるなら押せる。
そのまま回した。
甲虫が仰向けになる。柔らかい腹面が見えた。迷わず噛む。毒を全部流し込む。
甲虫は暴れたが、仰向けでは力が逃げる。顎も届かない。昨日より明らかに楽だった。
三分少しで動きが止まり、その直後に全身を抜ける回復感が来た。
『Lv9になりました』
助かる。
勝った直後に全回復する仕様は、毎回ありがたい。ありがたすぎて警戒心が鈍ると困るが、ありがたいものはありがたい。
◇ ◇ ◇
甲虫を食べながら整理した。
転覆は成功した。川なしでも通じる。
ただし脚の力が一点集中する瞬間がある。今日は鱗硬化で受け切れたが、これがなければ削られていた。今後は「転ばせる瞬間に鱗硬化を合わせる」までが一セットになる。
殻の中身は相変わらず優秀だった。問題は細かい外骨格の欠片で、食後に牙の根元へ残る。強敵を倒した余韻の中でやることが口の中の異物感との戦いなのは、少し締まらない。
食べ終えて、通路のさらに先へ進んだ。
◇ ◇ ◇
唐突に、通路が広がった。
床が砂の部屋だった。
白っぽい砂が薄く広がり、壁際には白い鉱物が覗いている。乾いている。振動感知を流しても、岩床ほど素直に返ってこない。砂が揺れを吸っていた。
索敵には嫌な部屋だ。
嫌なのはそれだけじゃない。
ここは「何もいない」感じが薄い。熱源はない。振動もない。なのに、空っぽの部屋を見ている感覚がしなかった。少し前まで何かがいた場所、という空気だけが残っている。
だが、収穫はそれだけじゃなかった。
砂の上に、跡がある。
百足でも蜘蛛でもない。脚の接地点がない。なめらかに砂が左右へ押し分けられ、中央だけが深く沈んでいる。
俺の跡と並べると分かりやすかった。
三十五センチ前後。
脚のない何かが、俺よりずっと重い体でここを通った。
比率を出しかけてやめた。数字にすると余計に嫌な現実になるタイプのやつだ。
熱感知には反応がない。
今はいない。だからこそ、今日はここまでにした。
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【ステータス】
種族:若蛇
レベル:9
HP:31/31 MP:16/16
攻撃力:17 防御力:17 素早さ:21 知力:15
魔力適性:なし
【スキル】
熱感知 Lv1、毒牙 Lv3、振動感知 Lv2、締め付け Lv2、鱗硬化 Lv1
認識範囲:2m
次の進化まで:36%
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Lv9。鱗硬化Lv1。進化36%。
数字だけ見ればかなりいい日だ。だが、砂の上の跡は数字の気分を削る力があった。
あの部屋の先には、俺より大きい脚なしの何かがいる。
しかも、あの跡は古く見えなかった。砂の縁がまだ崩れきっていない。今日か、せいぜい昨日だ。
近い。
その事実だけを持って、今日は池へ戻った。




