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#4 特訓、プレミアムワルツ!

次の日。

トレーニングがおわり、制服に着替え直したふたりは、校門の前で澪の家の車を待っていた。

「ありがとう、特訓、OKしてくれて。」

「ひとりじゃ意味ないんだから、仕方ないでしょ。」

澪のスマホには、詩とのメッセージ画面が表示されている。そこには、「わかった。」の文字。昨日の詩が寝る直前に仕方なく打ったそっけないメッセージだ。

でも、澪はその画面をみて、愛おしげにほほえんだ。

「詩ちゃんがこうして、わたしと話してくれるの、うれしいんだ。」

「なにそれ……」

目を細める澪から顔をそむけ、なにか違う話題を考えようとする。


「そう、そういえば、私なんかとペアを組むことになりましたって話、友だちにしたの?」

「ううん、まだ。」

───なんだ。結局、私と組むのが恥ずかしいんじゃない。

詩は顔を背けたままで、勝ち誇ったような笑みをうかべた。

「だって、しばらくはふたりの秘密にしておきたくなあい?」

「はあ!?」

詩は背後から聞こえてきたありえない言葉に、ゴホゴホとむせる。

「大丈夫?」

詩の顔を心配そうにのぞきこむ澪。

「だ、大丈夫……。」

───どうしてこんな小っ恥ずかしいことを平然と言えるの、こいつは……


左目で澪をにらんでいると、黒塗りのリムジンが校門の前にとまる。他に待っている人は、いない。ということは───

「これが、桜宮さんの家の車ってわけね。」

「そうだけど。」

大きなドアが自動で開くと、がんばれば人ひとりくらいなら住めそうな空間が広がっていた。

「……お嬢様、ねえ。」

「詩ちゃん、隣すわって!」

先に車に乗った澪がはしゃいで言う。

「はいはい……。」

───どうしてこんな広い車の中で、わざわざこいつの隣に……

でも断りきれず、詩は隣に座ることになった。



道中は澪の話に付き合い、やっと家に着いたと思ったら門と屋敷が離れていて、まだこの車に乗るのかと詩はあきれた。門から屋敷の間には森と見間違えそうなほどに木がいっぱいに並んだ庭が広がっている。まるで、イギリスの貴族の別荘みたいだ。


家の中も思った通りの豪華さで、一般家庭の詩にはまぶしすぎる。居間に入ると、細身の男性が待っていた。桜宮湊───澪のお父さんだ。


「澪、おかえり。それと……話はきいてるよ。こんばんは。」

湊は、YouTubeに載ってる現役時代の動画とまったく変わらない笑顔でほほえんだ。美しいアーモンド・アイは、澪によく似ている。

「こ……こんばんは。土井詩といいます。」

「澪の父の湊です。よろしくね。」

湊は笑顔のまま、右手を差し出す。

「よろしくお願いします……」

湊の手をにぎる。想像していたより、ずっと大きな手だ。映像を見る限り、湊は男性にしては少し小柄に映っていたのだ。


「じゃ、さっそく練習しようか?───といっても、ふたりとも運動神経が良いから、すぐ覚えてしまうと思うけどね。」

「えー、お腹空いてるのに。」

澪が口をとがらせる。

「すぐに終わるから。」と、湊はほほえんだ。

詩はもともと、そうしてほしいと思っていたから、助かったと思った。この家に漂っている貴族みたいな、いや、貴族そのものの空気感に、一般庶民がなじめるはずがない。

湊の言葉通り、すぐに終わると思っていた。この時までは───



「そこ!足の角度はもっと左。もう一回!」

「体幹の動かし方がちがう!もう一回!」

「腕、引っ張りすぎない!もう一回!!」


「なに、これ……。」

「お父さん……スイッチ入っちゃったね……。」

詩と澪はいつの間にか、汗だくになっていた。机の上には、スポーツドリンクと栄養補給用のゼリー。


「5分休んだらまた始めから、だよ。」

湊がにっこり笑顔でそう宣言して、ふたりとも絶望した。時刻はすでに9時半、練習を始めてから2時間ほど経過している。


湊が言った通り、ふたりとも運動神経ばつぐんだから、踊り方自体はすぐにマスターした。ふたりのうち、少し身長の高い詩が男性役(リーダー)、澪が女性役(パートナー)をつとめる。

「ふたりとも、覚えが早くて助かるよ。ただ───今のままじゃ、1位になれない。」

「え?」

「へ?」

呆気にとられてるふたりをよそに、湊の目つきが変わり───そして、今に至る。


「お父さん、順位がつく大会でもそうじゃない今回みたいなイベントでも、1位じゃないと気が済まないの。とくに、自分が教えるとなると───」

「ああ……」

───まあ、気持ちはわかる気がするけど、限度ってものがあると思う。

「5分たったよ!ふたりとも、再開!!」

「「はーい……。」」

うなだれて、靴をはき直すふたり。


最初は、詩の右目が見えないことを原因とするミスが多かった。いつものこととはいえ、少し気を落としていた詩だったが───動きを覚えていくにつれて、男性役(リーダー)女性役(パートナー)も、より美しい動きにするための指摘がふえた。それに、こんなに忙しい練習の中じゃ、気を落とすひまもない。


そして、地獄の特訓が終わる頃には、ふたりの動きは完璧になっていた。


「ふたりとも、だいぶ良くなったよ。がんばったね。」

地べたに座り込んで疲れ果てているふたりに、湊が拍手を送った。ただでさえ過酷なトレーニングのあとに特訓をやっているのだから、いくら体力のある選手のふたりでもへとへとだ。

湊はもう、元の穏やかな雰囲気に戻っている。

───おそろしい……。


「今日はもう遅いし、終わりにしよう。ただ───」

「「ただ?」」

まだ何かあるのかという感じで湊を見上げるふたり。

「ふたりの仲が悪い、というわけではないんだけど……時々、なにかが噛み合っていないように見えることがあってね。」

「動きは合ってるよね?」と、澪が詩の方を向く。詩も、うなずいた。

「体の動きというより、心の部分かな。こういうのが一番、お客さんには伝わりやすいところだから、発表会までにもっと仲良くなるといいかもね。」

こればっかりは自分にはどうにもできないからなあと、湊は眉尻を下げてほほえんだ。



帰り道は危ないからと、湊がもう一度車を出してくれた。晩ご飯の誘いはさすがに丁重にお断りしたけど、代わりに大量のスポーツドリンクとゼリーをもらってしまった(澪いわく、「うちにはいつも余ってる」らしい)。


「仲良く、か……。」

そんな簡単に誰とでも仲良くできたら、誰だって苦労しないだろう。同じ怪奇ミステリーオタクの陰キャオタクならまだしも、相手はクラスで一番鼻につく桜宮澪だし。


ピコン!スマホが鳴る。

「詩ちゃん

今日はありがとう!遅くなってごめんねって、お父さんからの伝言です。

練習、疲れたけどとっても楽しかったよ!

また明日、学校でね。」


───どうでもいいけど、こいつのメッセージの書き方、手紙か何かとまちがえてるんじゃないの?


こんな長々と5行に分けてメッセージを送ってくる人など、今どき年配の人たち以外いない。

とりあえず、スマホを開いて、「はいはい」と打ち込む。澪も画面を開いていたようで、すぐに既読がついた。


「さっきの続き!

それで提案なんだけど、今週末、空いてるかな?

もしよかったら、どこかに出かけてみない?

トレーニングがあるなら、そっちを優先して大丈夫だからね!」

と、かえってくる。どうも、打ち込んでいた最中だったらしい。


「で、出かける……!?」


詩はカレンダーアプリを開く。最悪なことに、土日はひとつも予定が入ってない。

「う、うそ……」

運転手に声をかけられるまで、詩はリムジンのドアが開いたのに気づかなかった。どうやってこの誘いを断るか、考えこんでいたからだ。


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