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#3 きみの夢

家に帰り、自分の部屋にもどると、詩はどっと疲れを感じた。

「つ、つかれた……。」

大会のあとより、つかれてる。体というより、心のほうが。

結局、澪の「いっしょに舞踏会に出る」という提案をのむことになってしまった。クラスのアイドル様と、ヒクツでひねくれたB級怪奇ミステリー小説オタクでは、話にならない。いや、笑いものとしては上出来かもしれないが……。


詩は、ベッドに仰向けに寝転がる。

「わたしの家で、お父さんに教えてもらって特訓!」と息巻く澪をなんとか宥めるのに一苦労。それから、「一応、お父さんに許可をもらってから。」と、ワルツの練習を明日に先延ばしにしたのはいいものの───

───なんで元オリンピック金メダリストに、学校のイベントでちょっと踊るだけのワルツを教えてもらわなきゃならないのよ!

恐れ多いし、無駄使いにも程がある。明日の放課後を考えると、気が重い。そもそも夜の七時まで陸上の練習があるというのに、そのあとで自宅に行ったら、並の家でも迷惑だ。しかも、その陸上の練習って、距離が被ってる関係上、ぜったいに澪といっしょだし。こっちが避けても、追っかけてくるし。


うだうだと考えてると、まぶたがどんどん重くなる。


これは澪と初めて会った中学一年の大会のこと───


どんな競技もそうだが、全国レベルともなると、出場メンバーというのは、だんだん固定化されてくる。詩が走っている陸上女子800mでも、それは同じことだった。関東地方の地区代表には、必ずといっていいほど、「桜宮澪」の名前があった。観客は、「桜宮」の苗字をみて、「桜宮湊」───つまり、例の澪のお父さん、フィギュアスケートの金メダリスト───のことを思い浮かべる。

「あの、桜宮湊の娘?」

選手控室でも、大体同じことが行われていた。


特別な指示がない限り、詩は控室なんて水を飲む以外には帰らない。ほかの選手と仲良くするなんて、面倒臭いからだ。

でも、忘れ物を取りにたまたま控室に帰ったとき、澪は噂好きの大人たちから取り囲まれていた。


「う、うん。」

澪は、気恥ずかしそうに、というより気まずそうに、そう答えた。えーっ!という歓声が周囲から沸き起こる。囲んでいるのは、選手たちというより、その親だったり、直属のコーチ以外の関係者。詩には、試合に関係のない人たちが、これから試合に出る澪を寄ってたかって品定めしてるみたいに見えた。

───困ってるじゃない。やめてやればいいのに。


でも面倒くさいから関わらないようにしようと思って、詩は自分のバッグを探した。もっと面倒くさいことに、バッグは澪の後ろの壁にひっそりと移動させられていた。


小さく舌打ちしたあと、澪を取り囲む大人たちに、詩はずんずん近づいた。

「あの。そこにわたしのバッグがあるんですが。どいてもらって、いいですか?」

「ひっ!」と、今まで詩の存在に気がついてなかった人たちが小さく悲鳴をあげる。詩の髪は天パで、後ろで縛らないとぶわっと大きく広がってしまう。おそらくそれが大きな黒い塊みたいにみえて、こわかったのだろう。

モーゼの昔話みたいに、詩のまわりに空間が開く。そこを「当然の権利だ」って顔で通り抜け、バッグは無事回収された。

「あ、あのっ……わたしも、もうそろそろ出ますね。」

控えめに澪が言うのが、背後に聞こえた。

───なによ。嫌なら嫌って言えばいいでしょ。

廊下にでる。バッグからスポーツドリンクを出して、一口のむ。

「あの、さっきはありがとう。」

気付くと、隣には澪の姿があった。赤茶色をしたサラサラの長い髪の毛が、すきま風でちょっと揺れている。

「あなたのためじゃない。本当に忘れ物をしただけ。」

澪はそっぽを向くと、またスポーツドリンクをのむ。

「ううん、それでも、ありがとう。───名前、……土井……」

澪は、詩が首から下げている関係者専用の名札を見ていた。

「……。」

詩ははじめ、黙った。友だちになる訳でもないのに、名前を教える義理なんてない。でも、澪が、

「名前、なんて読むの?」と、見上げたから仕方なく、

「うた。」とだけ、短くこたえた。

「うた、ね。素敵な名前!詩ちゃんって呼んでもいい?わたし、桜宮澪。」

「勝手にどうぞ。桜宮さん。」

澪のことを苗字で呼ぶ。わざとだ。そうすれば、興味がないことが伝わると思ったのだ。でも、

「ふふ、ありがとう。」

親戚の子供をしょうがないなあと見る大人みたいな目でそう言われ、詩は軽くショックをうけた。

「───もう、戻るから。じゃ。」

───なによ、あの澪とかいうやつ。生意気。

詩は一本取られたと認めたくなくて、バッグを控室に放り投げ、コーチの元に向かったのだった───


「詩ー。ごはん、できてるぞー。」

父親のノックの音で、目を覚ます。詩の父も、かつては駅伝に出場していた陸上選手のひとりだ。


「はいはい。」

「はいは一回。」

「はあい!」


思い出したくもない思い出の夢を見てしまい、詩はため息をつく。


あれから、三年。お互いケガもなく、毎年全国大会のたびに顔を合わせ、高校まで同じ。澪はいまだに、詩と友だちになるのを、諦めてない。顔を合わせれば挨拶してくるし、席替えして詩の前になってからは、毎日「おはよう。」とにっこりほほえんでくる。


なぜ、あきらめないのか?


わからない。


でも───今日澪が言いかけた言葉に、ヒントがある気がする。たしか、「わたしのこと本当に見てくれるのは」とか何とか言ってたっけ。


「本当に見てくれるって、なによ。」

詩は、澪のことを、何も知らない。

知っていることといえば、自分と同じ高校に通ってて、陸上を走ってて、それから自分と正反対の優等生だってことだけだ。そんなの、誰だって知っている。


───澪に、からかわれてるんだろうか?


詩は考えたけど、分からなかった。あのときの澪が、人をからかってる顔には、どうしても見えなかったからだ。


ピコン!


スマホが鳴って、画面をみる。


「詩ちゃん!

クラスの連絡用グループから、勝手に友だちに追加しちゃった。いやだったら、ごめんね。

明日、練習がんばろうね!」


「げっ!」


───勝手に友だちって、なによ!


慌ててメッセージアプリを開き、設定を確認すると、確かに「同じグループチャットの人から友だち追加を許可」にチェックが入ってる。面倒事に巻き込まれるのがいやで、外してたはずなのに、最近のアップデートで勝手にチェックが入ってたらしい。


詩は澪からのメッセージを見て見ぬふりをして、スマホをポケットにしまった。


「最悪!」




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