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#1 いやいや、おひめさま

土井(どい)(うた)→平凡な家庭で育った女子高生。幼い頃の事故で、片目は義眼。暗くてひねくれた性格の持ち主。

桜宮(さくらみや)(みお)→フィギュアスケート一家で生まれ育ったお嬢様。クラスのアイドル。成績優秀、美人かつ上品で性格も良いが…

土井(どい)(うた)は、今日も重たい足取りで、高校の門をくぐった。校門前には、黒塗りの高級車が列を成している。


白くてぴかぴかの校舎の前には、大きなグラウンド。だが、これはいわば「遊び場」のようなものだ。

県内どころか、国内でも三本の指に入るほどのエリート高校───ただし、スポーツのエリートだ───の敷地内には、競技用のトラックも別に設置してある。ほかにも、数え切れないほど、多種多様なスポーツに対する最先端の設備が備わっている。


詩も、陸上中距離800mの推薦で、この高校に入学したひとりだ(この学校は基本的に、推薦以外の入学方法を受け付けてないのだが)。


「おはよう!」

「おはようー。」

「○○ちゃん、今日も可愛い~。」

「え~っ、××ちゃんもメイクがあ~。」


女子たちの爽やかな声が飛び交う横を、一瞥もせずに詩はすり抜ける。彼女たちを見るエネルギーなんて、もったいないのだ。


なんせ、詩の目は、左目しかないのだから。右目は、義眼だ。


───ああいうのって、嫌い。結局は、媚の売り合いだから。


下駄箱を開け、靴を履き替え、教室へ向かう。階段をのぼる足は重い。この先に待ってる教室には、詩のにがてな女子しかいないからだ。この高校は一見共学に思えるのだが、実際には、男女で完全にキャンパスが分かれている。だから、男子のキャンパスは、となりの市にある。ここは実質の女子校だ。


このエリート高校で頭角をあらわすというのは、全国大会で勝ち上がるのと同じくらい、むずかしい。第一、友だちだってこの目のせいで、できないし───


───この目のせいでできない?私が、友達なんていない方がいいと思ってるんだから、いいじゃない。


いや、本人がこんなふうに思っているから、できないんだ。


詩は教室に着くとまず、指定のショルダーバッグから、文庫本を出す。スポーツには何ら関係のない、残虐な連続殺人を描いたミステリー小説だ。


詩に友だちができない理由は、義眼のせいというより、彼女のこの不気味さにある。いつも伏せがちな目、長く無造作に伸ばした髪、本当にアウトドアスポーツをしているのかと聞かれそうなほど、真っ白い肌。そして、この悪趣味な本───


「おはよう。」

クラスに凛とした声がひびく。

「おはよう、(みお)ちゃん。」

数人の女子がかけよる。


彼女は、桜宮(さくらみや)(みお)。プロのフィギュアスケート選手を代々輩出しているエリート一家の生まれだ。文武両道の才女として、学校外からも人気の、いわばクラスのアイドル的存在。


彼女が人気なのは、その能力だけではなく、人格も優れているためだった。クラスメイトや一般のファン、時には失礼な質問を飛ばす記者にさえ、優しく接する、「神対応」。そして、あの美貌───。あこがれない者はいないだろう。


ただひとり、この土井詩をのぞいては。


───バカバカしい。彼女だって人間でしょ。誰にも言えない悩みや秘密のひとつやふたつ、あるはずよ。


そんなひねくれたことを考えてる彼女の読む本は、いま、殺人鬼がバラバラ死体を埋めてるシーンに入っている。詩は、爽やかな詩集でも読んでいるかのような顔で、ページをめくった。


「おはよう、詩ちゃん。」

「───おはよう。」


声をかけられ、仕方なく挨拶をかえす。澪は、詩の前の席なのだ。

隣の席ならまだしも、前の席なのに、わざわざ振り返って挨拶をするとは、詩にはとても真似出来ない所業だ(もっとも詩は、隣の席の人にも挨拶なんてしたことがない。面倒臭いからだ)。


先月の席替えで詩の前の席になって以来、澪は様々な場面で詩に声をかけてくるようになった。授業中でも、昼休みでも、放課後でも、お構いなしに。澪も同じ陸上800mを走ってるにもかかわらず。しかも、それまで一度も口を聞いたことがなかったのに、だ。これは、詩が意図的に澪を避けていたせい、というのが、九割。残りの一割は、偶然だ。


澪は、無条件に愛されているみたいに見えて、なんだかいけ好かないのだ。もちろん、無条件ではなく、彼女の成績も態度も良いせいだとは分かっている。が、自然体にすべてを完璧にこなす姿は、本当にいけ好かない。


もし、澪が私だったら───一瞬おぞましいことを考えそうになり、詩は身震いする。すかさず、澪が振り返って、

「どうしたの、詩ちゃん?寒かった?」

と、きいた。見えてないはずなのに、彼女はそのあたりの勘も妙に鋭いところがある。

「ちょっと───。」

もしあなたが私だったら、こんな右目をみすみす失うようなヘマ、しないでしょ。

本当のことを言うとするならこうなるが、言えるわけない。気持ち悪いにも程がある。ただでさえ、澪以外の同級生からは、気持ち悪がられてるっていうのに。

「そう?ちょっとだけ、エアコンの温度あげとくね。」

「えっ、余計なこと───」

詩が何か言う前に、澪はさっと立ち上がり、教室の空調を操作した。

「まったく、なんなの……。」

詩は、小説の続きを読む気にならず、頬杖をついてむくれた。先生がHRのために、教室に入ってくる。脇には、大きな紙の筒。


澪は席にもどると、礼儀正しく背筋をのばす。詩に余計なサインなんか、送らない。なぜなら、もうHRが始まろうとしているからだ。

───優等生なのかただのお節介焼きなのか、わかんないやつ。

詩は小説を閉じると、また頬杖をついた。


「えー、きょうのHRでは、みなさんに発表があります!」

詩は興味ないねって感じに、目をそらす。どうせ、大した発表じゃない。


「我が高校に新しくダンサー部門が設立されたのを記念して、ダンスパーティーを開催することになりました!アスリート部門のみんなにも、どんどん参加してほしい!興味があるペアは、今週中に先生に声をかけてください!きょうのHR、これでおわりー。」


元気にそう言うと、先生は教室のどこからでも見えるんじゃないかってくらい巨大なポスターを脇から取り出し、掲示板の真ん中に貼り付けた。

起立、礼!日直が号令をかける。

クラスの子たちがいっせいにキャーキャーしだす。なぜか?───かんたんだ。ダンスパーティーのポスターには、舞踏会みたいなイラストが描かれていたからだ。

ショートカットで背の高い、いわゆる「王子様」系の女の子たちに、真っ先に視線があつまる。こんな子とペアになりたい───でも、ドレスを着てワルツを踊るのは若干、恥ずかしい。そんなムードが、教室中にただよってる。まあ、みんなが気にしてるのは、「そもそも、自分のコーチが舞踏会に行くお許しを出してくれるか?」ってとこでもあるけど。


詩はもちろん、最初から出る気なんてさらさらない。むしろ、出る人は狂気の沙汰くらいに思ってるので、机の中からまたバラバラ殺人の小説をだして、読みはじめた。

前の席では、「澪ちゃん、ドレス似合うよきっと。」とはしゃぐ声がいくつか聞こえる。澪は困ったような声色で、曖昧な返事をしていた。


───ああいう人たちって、本人が困ってるのに気づかないの、無神経だと思わないのかしら?


詩は殺人鬼が最後のパーツ───被害者の右腕───を埋め終わるところを読み、またページをめくった。


「───ちゃん」

「詩ちゃん」

「えっ?」


殺人鬼が優雅な午後のティータイム(飲んでるのは、血のように赤いルイボスティーだ……)を楽しんでいるシーンに没頭していた詩は、何度か呼ばれてようやく、顔をあげた。


「ごめんね、読書中なのに。」

「ああ───ごめんなさい。」


前を見ると、澪が振り返って詩のことを呼んでいた。澪は申し訳なさそうに、両手をあわせる。

時計をみると、一時間目が始まるまで、あと二分だ。お行儀のよいほとんどの生徒が、席につく時間。


「舞踏会、あの───よかったら、いっしょに出てくれないかな?」

「えっ?」

「いやだったら、断っても構わないから。今週末まで、ゆっくり考えてほしいな。じゃ!」


この学校では、午前中に座学、午後に各々のトレーニングと決まっている。数学の先生が教室に入ってくると、澪は早口に言って、体勢をもどした。


「は……?」


残された詩はひとり、呆然とした。

どうして澪が、自分に?からかってでもいるのか?たとえば仲間内のグループチャットで、自分にうその誘いを───いや、澪はそんな安っぽいイタズラ、誘われたってやらないだろう。でも、どうして?


───なんにせよ、私は断る!この授業がおわったら……いや、おわる前に、断ってやる!


詩の左目に炎がともった。全国大会に出場したときと同じくらい、いや、それ以上に、彼女の瞳はいま、やる気に満ちている。

絶対に断ってやる!という強い覚悟をもって、詩は数学の授業にのぞむこととなった。

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