第9話 もう戻らないもの
王国からの使者が、フォルン辺境領に到着したのは昼過ぎだった。
正装。
紋章付きの馬車。
形式だけは、完璧だった。
「王国宰相より、
アレイン・クロウ殿に伝言を預かっている」
政庁の応接室で、使者はそう告げた。
アレインは、静かに一礼する。
「承ります」
使者は一瞬、言葉を選んだ。
「……王都で、結界異常が発生した。
原因究明と、助言を――」
「お断りします」
即答だった。
声は低く、穏やかで、
感情の揺れは一切ない。
使者は言葉を失う。
「お断り、とは……」
「私は現在、フォルン領の業務に従事しています。
王国の職ではありません」
それだけだ。
復讐でも、意趣返しでもない。
ただの事実だった。
「報酬は、以前の三倍を提示する」
「意味がありません」
「地位も――」
「必要ありません」
使者は焦りを隠せなくなっていた。
「では……なぜだ」
アレインは、少しだけ考え、答える。
「今から私が関与しても、
王都は安定しません」
その言葉は、
拒絶ではなく――宣告だった。
同じ頃、王都。
応急処置は、すべて失敗していた。
結界の再調整。
魔力の強制排出。
臨時の浄化陣。
どれも一時的には効果が出る。
だが数日後、
必ず別の場所で異常が起きる。
「抑えているだけだ……」
若い官僚が呟く。
「処理していない」
それが分かっても、
どう処理すればいいかが分からない。
英雄団の医務室。
カイ・レオンハルトは、椅子に座ったまま動かなかった。
「……もう一度、前線に立てます」
そう言った彼に、治癒士は首を振る。
「戦えます。
ですが――」
言葉を選び、続ける。
「戦後の反動が、抜けていません」
「反動……」
「本来なら、時間と処理で消えるものです」
処理。
カイは目を閉じた。
自分が軽視した言葉。
夜。
宰相バルド・グレンハルトは、
一人で地図を見つめていた。
赤い印が、静かに増えている。
「……戻せば、何とかなると思っていた」
独白が、部屋に落ちる。
だが、違った。
戦後調整は、
“その時だけやればいい仕事”ではない。
継続して、積み上げて、
初めて意味を持つ。
それを、国は途中で切った。
「……これは、失策だな」
誰に聞かせるでもなく、そう認めた。
その瞬間、
ザマァは完成した。
一方、フォルン辺境領。
アレインは、いつも通りの報告書を書いていた。
「こちらは安定しています」
リシェルが微笑む。
「よかったですね」
「ええ。
ここは、必要なことを続けてきましたから」
王都とは違う。
それだけの話だ。
数日後。
王国は、正式に声明を出す。
王都結界の不安定化は長期的課題であり、
国力をもって対処する。
そこに、
アレイン・クロウの名はなかった。
だが、
彼の“いなかった理由”だけが、
静かに共有され始めていた。
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