第8話 遅れてきた答え合わせ
王都中央庁舎、地下資料庫。
埃っぽい空気の中で、評価局の若い官僚が書類束を抱えていた。
「……おかしい」
結界異常、地盤沈下、原因不明の体調不良。
発生地点を地図に落とすと、ある共通点が浮かび上がる。
「全部、討伐後処理が簡略化された地域だ……」
彼は急ぎ、過去の担当記録を洗い直した。
戦争終結から三か月前。
すべての戦後処理案件に、同じ署名がある。
「アレイン・クロウ……?」
聞き覚えのない名前。
だが、妙に出現頻度が高い。
臨時会議は、その日の午後に開かれた。
宰相バルド・グレンハルト、評価局長ミルザ・フェン、
そして数名の実務官。
「結界事故との関連性は?」
宰相の問いに、若い官僚が資料を差し出す。
「確定ではありません。
ですが――」
彼は言葉を選びながら続けた。
「戦後調整官が関与していた地域では、
同種の異常が一件も発生していません」
沈黙。
ミルザが、わずかに眉を動かす。
「偶然だろう」
「はい。
ただ、統計的には――」
「偶然だ」
二度目の否定。
だが、宰相は黙ったまま資料をめくっている。
「……戦後調整官」
宰相が、ぽつりと呟く。
「確か、廃止した職だな」
「財政再建の一環として」
ミルザが即答する。
「成果が数値化できず、
問題が起きていない以上、不要と判断しました」
それは、今も変わらぬ正論だった。
だが宰相は、次のページで手を止める。
「問題が起きていない、か」
そこには、こう記されていた。
戦後調整完了
異常兆候:なし
担当:A.C.
何度も、何度も。
「……起きていなかったのではなく、
起こさせなかったのか」
その言葉に、空気が変わった。
同時刻。
英雄団長カイ・レオンハルトは、城の回廊を歩いていた。
宰相に呼ばれたのだ。
「団長」
宰相は、まっすぐに彼を見た。
「戦場で、何か気づいたことはあるか」
カイは、短く息を吐く。
「……あります」
そして、正直に話した。
違和感。
小さな遅れ。
戦いの“あと”が終わっていない感覚。
「それを処理していた人物に、心当たりは?」
一瞬の沈黙。
だが、もう隠す意味はなかった。
「アレイン・クロウです」
その名前が、正式に会議室で発せられた。
夜。
宰相の私室。
バルド・グレンハルトは、一人で書類を読み返していた。
戦後調整官廃止案。
自分の署名。
「……判断は、間違っていなかった」
今でもそう思う。
だが。
「前提が、違っていたのか」
平和とは、
何もしなくていい状態ではない。
誰かが、何かをし続けている状態だ。
翌朝。
王国は、非公式に決断する。
「アレイン・クロウの所在を確認せよ」
まだ“招聘”ではない。
ただの確認。
戻せば何とかなる。
そう思っている。
――この時点では。
一方、フォルン辺境領。
アレインは、いつも通り巡回を終えていた。
「最近、空気が落ち着いてますね」
リシェルが言う。
「ええ。
こちらは、まだ大丈夫です」
“まだ”。
その言葉の意味を、
彼女は聞かなかった。
遠くで、王都の鐘が鳴る。
遅れて届く音。
それは、
過去を取り戻そうとする国の合図だった。




