第51話 壊れる夜
南方山岳の崩落は、三日目の深夜に再び起きた。
主塔を切り離した影響で、外縁部の結界はほとんど機能していない。
山肌が低く唸り、凍った地面がひび割れる。
「第二避難所、満員です!」
「第三を開けろ!」
ライナ・フェルトの声は、かすれていた。
眠っていない。
だが立っている。
中央は来ない。
来ない前提で、動く。
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午前三時。
西斜面が一気に崩れた。
石と雪と土が、暗闇を滑る。
かつて人が住んでいた区画を、完全に飲み込む。
そこは、すでに無人だった。
移転が遅れていた十数名は、
昨日のうちに避難させている。
「……間に合った」
補佐官が、崩れ落ちるように座り込む。
だが、別の報告が飛び込む。
「北端の仮設小屋、巻き込まれました!」
数秒の沈黙。
「人数は?」
「……三名」
救助に向かう隊が、瓦礫を掘る。
時間が、遅い。
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夜明け前。
三名のうち二名が救出される。
一名は、動かない。
十七に、一が加わる。
十八。
数字が、増える。
ライナは、目を閉じた。
「……ごめん」
誰に向けた言葉か、自分でも分からない。
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中央危機統括局。
「南方、追加死者一名」
副官が報告する。
セルディオは、画面を見つめたまま頷く。
「記録を更新」
声は変わらない。
だが、指先はわずかに止まる。
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北方沿岸では、港が守られた。
西部農業圏では、穀倉地帯が維持された。
食糧供給は止まらない。
交易も続く。
国家規模で見れば、安定だ。
だが、南方の一名は戻らない。
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フォルン。
エマは、新しい報告書を受け取る。
「……十八」
小さく呟く。
アレインは、静かに目を閉じる。
「増えましたね」
「はい」
「想定内ですか」
「……はい」
冷たい事実。
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南方。
崩落は、夜明けと共に収束した。
町の四割が失われた。
だが中心部は残った。
塔の残骸の前で、ライナは立つ。
「終わり?」
「……大規模揺れは、止まりました」
技師が答える。
完全な安定ではない。
だが、連鎖は断たれた。
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中央。
三地域の最終被害が確定する。
北方――死者ゼロ。
西部――三。
南方――十八。
総死者数、二十一。
もし三地域同時対応を試みていたら、
予測値は四百を超えていた。
計算は、正しかった。
だが、二十一の名前は消えない。
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セルディオは、会議室を出る前に言った。
「南方責任者へ、追加支援を」
「優先度は?」
「最上位だ」
副官が一瞬だけ目を見開く。
「事後支援ですか」
「選ばなかった責任だ」
それが、彼なりの線引きだった。
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南方に、物資と技師が到着する。
遅い。
だが、ゼロではない。
ライナは、届いた支援を見て言う。
「……皮肉ね」
「何がですか」
「壊れてから、来る」
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その夜は、もう崩れなかった。
山は削られ、町は小さくなった。
だが、完全には消えなかった。
壊れる夜は、終わった。
残ったのは、十八の名前と、
二つの守られた地域。
助けなかったという決断は、
助けた地域を守った。
その事実は、消えない。
だが、痛みも消えない。
これは、数字の勝利ではない。
重さの確認だ。
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