第43話 伝わらない正しさ
新しい記録様式は、静かに広がり始めた。
だが、広がることと、理解されることは違う。
中央から届いた報告書には、こうあった。
> 試験導入自治領:五か所
> 評価:賛否両論
“賛否両論”。
便利な言葉だ。
賛成も反対も、どちらも含んでいる。
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エマは、その内訳を読み込んだ。
賛成の理由は明快だった。
・緊急対応の減少
・技師の負担軽減
・事故率の低下
だが、反対の理由も明確だ。
・拡張を前提としない姿勢は消極的
・経済成長と両立しない
・“撤退を正当化する思想”との批判
「……正しくても、嫌われるんですね」
エマは呟く。
ミラは、苦笑した。
「正しいから嫌われるのよ」
「え?」
「拡張したい人にとって、“縮小は正しい”って理屈は邪魔でしょう?」
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ある自治領では、新様式が一か月で廃止された。
理由は単純だ。
「“余力消費量”を書くと、予算削減の口実に使われる」
つまり、こうだ。
余力があるなら削れる。
余力がないなら縮小しろ。
思想が、武器に変わる。
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フォルンでも、議論が起きていた。
「拡張停止は成長放棄ではないか」
「守りに入っている」
「冒険が足りない」
アレインは、否定しなかった。
「条件が違えば、判断も違います」
ただ、それだけを言う。
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エマは苛立っていた。
「どうして、“壊れない”ことが評価されないんですか」
アレインは静かに答える。
「壊れないことは、目立たないからです」
「でも――」
「壊れたほうが、説明しやすい」
その言葉に、エマは言葉を失う。
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自治領では、今日も小さな判断が積み重なっている。
見送り。
縮小。
維持。
どれも、派手ではない。
だが、確実に続いている。
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ミラのもとに、一通の書簡が届いた。
> 貴自治領の縮小政策は、
> 住民の希望を奪うものではないか
匿名だ。
ミラは、丁寧に返信を書く。
> 希望を守るために、
> 形を変えました
> すべてを守れない以上、
> なくならない形を選びました
返事が来ることはないだろう。
それでも、書く。
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夜。
エマが、ぽつりと呟く。
「……伝わらないですね」
「伝わらなくてもいいの」
ミラは言う。
「残ればいい」
「何がですか」
「記録が」
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その日、自治領では何も起きなかった。
それは、外から見れば停滞だ。
だが中では、確実に続いている。
正しさは、いつも歓迎されない。
特に、それが縮小や撤退を伴うなら。
それでも。
壊れなかった理由は、
静かに、積み重なっている。
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