第4話 報告書に載らない異常
王都北区、第三結界塔。
結界技師の一人が、計測水晶を覗き込みながら首を傾げていた。
「……誤差、か?」
水晶に映る数値は、基準値からわずかにズレている。
だがその差は、報告対象にするには小さすぎた。
「またか?」
隣の技師が声をかける。
「いや、今回は初めてだ。
でも、この程度なら調整不要だろ」
「だな。前にも似たような揺らぎはあった」
二人はそれ以上、気に留めなかった。
結界は稼働している。
警報も出ていない。
市民生活に影響はない。
――なら、問題はない。
それが王都の判断基準だった。
一方、王城内。
評価局では月次報告の整理が行われていた。
「魔力汚染報告、ゼロ件」
「討伐後の環境異常、軽微」
「英雄団の戦果、良好」
書類は整然と積み上がる。
評価局長ミルザ・フェンは満足そうにうなずいた。
「順調だな。
戦後整理の人員削減は、やはり正解だった」
部下の一人が、慎重に口を開く。
「ただ……結界関連で、微細な誤差報告が数件」
「基準値以内だろう?」
「はい」
「なら問題ない」
即断だった。
評価制度において、
基準値以内=存在しない。
それ以上でも以下でもない。
同じ頃、城下町。
小さな治療院で、治癒士が首をひねっていた。
「おかしいな……」
患者は軽傷の兵士だ。
表面の傷はすぐに塞がる。
だが、なぜか治癒の“抜け”が残る。
「痛みは?」
「ないです」
「痺れは?」
「少しだけ。でも動けます」
致命的ではない。
生活に支障もない。
だから、記録には残らない。
「様子見でいいでしょう」
そう告げて、治癒士は次の患者へ向かった。
夜。
英雄団の宿舎で、カイは一人、窓の外を見ていた。
王都は平和だ。
灯りは途切れず、人々は笑っている。
――それなのに。
「……増えている」
彼にしか分からない感覚。
戦いのあとに残る“ざらつき”。
以前なら、数日で消えていたものが――消えない。
いや、正確には。
「消えていない、のか……?」
誰かが処理していない。
その考えが浮かんだ瞬間、
胸の奥が、ひやりと冷えた。
数日後。
王都近郊で、小規模な地盤沈下が起きた。
被害は軽微。
家屋一軒の壁にヒビが入った程度。
「原因不明、自然現象として処理」
それで終わった。
だがその地下には、
討伐後に残された魔力残滓が、
誰にも触れられないまま溜まり続けていた。
その報告書は、
「問題なし」の判を押され、
棚の奥にしまわれた。
誰も知らない。
王都ではすでに、
“後始末を前提としない世界”が
静かに回り始めていることを。




