第37話 それでも責任を取る人
翌朝、自治領の広場には、いつもより多くの人が集まっていた。
怒号はない。
罵声もない。
ただ、静かな視線がある。
ミラ・ハーシェルは、その中央に立った。
逃げなかった。
代理も立てなかった。
「昨日の崩落について説明します」
声は、驚くほど落ち着いていた。
「外側区域への最低限介入を実施しました。その結果、内側の結界安定度が一時的に低下し、魔獣侵入が発生しました」
ざわめきが広がる。
だが、叫びにはならない。
「判断したのは、私です」
はっきりと言う。
「外側に人が残っていたため、介入を選びました。結果として、居住地の一部を失いました」
そこで、言葉を止める。
言い訳はしない。
「仕方なかった」とは言わない。
「責任は、私が取ります」
沈黙が落ちる。
やがて、一人の老人が前に出た。
「責任とは、何だ」
問いは、静かだ。
「辞めることか?」
ミラは、首を振った。
「違います」
「では何だ」
「……続けることです」
広場が、わずかに揺れる。
「逃げずに、次の判断をすること。それが、私にできる責任です」
それは、きれいな言葉ではない。
だが、嘘でもない。
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人々は、すぐには納得しなかった。
だが、誰も石を投げなかった。
責める余力もない。
それが、この土地の現実だった。
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会議室に戻ると、補佐官が小さく言った。
「……辞表を出されるのかと」
「出さない」
ミラは即答した。
「今辞めたら、誰が判断するの」
それは傲慢ではない。
事実だった。
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エマは、その様子を黙って見ていた。
フォルンで見てきた“責任”とは違う。
そこでは、失敗は記録で終わる。
ここでは、失敗が顔を持つ。
それでも、ミラは立っている。
立ち続けている。
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夜。
結界塔の上で、二人きりになる。
「……怖くないんですか」
エマが聞く。
「怖いわよ」
ミラは笑う。
「毎回」
「じゃあ、どうして」
「誰かが、怖いまま立ってないと、ここは崩れる」
それは英雄の台詞ではない。
ただの管理者の言葉だ。
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その日の記録には、新しい項目が追加された。
> 判断者:ミラ・ハーシェル
> 備考:責任者として継続
誰かが決めたわけではない。
自然に、そう書かれた。
責任とは、辞めることではない。
逃げないことでもない。
続けることだ。
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その夜、自治領では何も起きなかった。
壊れたのは昨日で終わり。
今日からは、その続きだ。
そしてミラは、知っている。
この土地では、責任は罰ではない。
重さだ。
背負ったまま、
歩き続けるしかない重さだ。




