第21話 失われたものは数えられない
エルディナの街で、葬式は出なかった。
事故も、戦闘もない。
結界は稼働し、
警報も鳴っていない。
だから、人々は言う。
「何も問題は起きていない」
それは、事実だった。
だが、街の外れで、小さな変化が起きていた。
井戸の水が、
わずかに濁る。
「飲めないほどじゃない」
役人はそう判断した。
数値は、基準内だった。
数日後。
作物の育ちが、少しだけ悪くなった。
「今年は天候が悪いな」
農民は笑って受け入れる。
結界が原因だとは、
誰も思わない。
数値は、基準内だからだ。
街の職人たちも、
違和感を覚えていた。
「集中力が続かない」
「昔より、疲れやすい」
だが、それは
年齢や気候のせいにされた。
原因不明の不調は、
記録に残らない。
フォルン辺境領。
アレインは、
エルディナから届いた生活報告を読んでいた。
「被害は?」
リシェルが聞く。
「ありません」
アレインは答える。
「だから、
誰も助けを求めない」
「これは、何が起きているんですか」
リシェルの声は、
怒りよりも戸惑いを含んでいた。
「奪われています」
アレインは、はっきりと言った。
「時間と、余裕と、回復力が」
だが、それらは
数字にできない。
エルディナの会議室。
「今年の収穫量、微減です」
「誤差の範囲だ」
「医療費が、少し上がっています」
「一時的なものだろう」
すべて、想定内。
すべて、基準内。
だから、
誰も止めない。
子どもたちは、
少しだけ外で遊ばなくなった。
老人たちは、
少しだけ家に籠るようになった。
街は静かになった。
壊れてはいない。
鈍くなっただけだ。
フォルン辺境領。
アレインは、地図を見つめていた。
エルディナの印は、
赤でも黒でもない。
灰色だ。
「これ、いつ崩れますか」
リシェルが問う。
「分かりません」
アレインは答える。
「崩れないかもしれない」
「……それって」
「はい」
彼はうなずく。
「一番、救われない形です」
エルディナの街では、
今日も人が行き交う。
誰も叫ばない。
誰も怒らない。
ただ、
少しずつ“余裕”が消えていく。
それは、
後から数えようとしても、
もう数えられない。
その日、
記録にはこう残った。
生活影響:軽微
社会機能:維持
だが、
失われたものの数は、
どこにも書かれていない。
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