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戦後処理官(英雄の後始末をしていただけの男)をリストラした王国、なぜか勝利の代償を払う  作者: 鷹宮ロイド


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第20話 基準を変えた日

 エルディナ王都の会議室は、静かだった。


 怒号も、混乱もない。

 ただ、淡々と数字が並んでいる。


「結界出力、平均で一割増」


「魔力消費量、想定範囲内」


「市民被害、なし」


 誰もが、資料を見てうなずいた。


 ――問題は、ない。


「では、基準を更新しましょう」


 技術官僚の一人が、そう提案する。


「旧基準は、

 戦前の安定状態を前提にしていました」


 それは、もっともらしい説明だった。


「現在の環境に合わせ、

 許容範囲を調整すべきです」


 誰も反論しなかった。


 むしろ、安心した顔すら見せる。


 問題が“数字の外”に出ないからだ。


 その日、エルディナでは

 結界運用基準が改訂された。


 警報が鳴る閾値は引き上げられ、

 「異常」と呼ばれる条件は狭められた。


 書類上、

 街は以前よりも「安定」した。


 現場では、小さな違和感が広がっていた。


「……前より、疲れませんか」


 結界技師の一人が呟く。


「気のせいだ」


 上司は即座に切り捨てる。


「基準は問題ない。

 数値も正常だ」


 彼自身も、

 そう信じたいだけだった。


 数日後。


 小規模な魔獣侵入があった。


 被害は軽微。

 結界は突破されていない。


 だが、対応にかかった時間は、

 確実に延びていた。


「記録を」


「前回と同じでいい」


 判断理由は、

 すでに定型文になっている。


 フォルン辺境領。


 アレインは、新旧の基準表を

 並べて眺めていた。


「……変えましたね」


 リシェルが言う。


「はい」


 アレインは、ため息もつかない。


「自分たちが正しい位置にいるように、

 世界の方を動かしました」


 それは、嘘ではない。


 だが、真実でもない。


「これ、戻せますか」


 リシェルの声は低い。


「戻せます」


 アレインは答える。


 だが、続けた。


「ただし、

 “悪かった”と認められれば、です」


 その条件は、

 この国にとって一番難しい。


 エルディナの街は、

 相変わらず平穏だった。


 だが、結界塔の足元で、

 小さな亀裂が増えている。


 誰も見ない場所。

 誰も数えない数。


 基準の外だからだ。


 その夜。


 記録には、こう残った。


基準改訂後も、

運用に問題なし


 だが、

 その一文は同時に意味していた。


 これ以降に起きることは、

 すべて「想定内」になる。


 アレインは、地図に

 もう一つ印を打った。


「……越えましたね」


 リシェルが言う。


「ええ」


 アレインは静かにうなずく。


「戻れる線を」


 エルディナでは、

 今日も灯りがともる。


 誰も知らない。


 基準を変えたその日が、

 未来の教科書では

 「分岐点」と呼ばれることを。

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