第13話 名前のない役割
フォルン辺境領の外れに、小さな建物が完成した。
石造り。
装飾なし。
看板もない。
通りがかった者は、倉庫か何かだと思って通り過ぎるだろう。
それでよかった。
「ここで、何をするんですか」
リシェルが、建物の中を見回しながら聞いた。
中には、作業台と書棚、簡易的な観測装置。
そして、いくつかの未完成の記録束。
「失敗します」
アレインは、淡々と答えた。
「……失敗?」
「はい。
わざと、です」
リシェルは目を瞬かせた。
「今まで私は、失敗を表に出しませんでした」
アレインは、書棚から一冊の記録を取る。
「処理できたものだけが、
“何も起きなかった”として残る」
それは、王国時代から変わらない。
「ですが、それでは――
誰も学べません」
失敗がなかったように見える世界では、
次も同じ判断が繰り返される。
それが、王国だった。
「ここでは、記録します」
アレインは、作業台の中央に紙束を置いた。
「異常が出た理由。
判断が遅れた理由。
何を見落としたか」
「成果は?」
リシェルが聞く。
「書きません」
即答だった。
「成果は、状況次第でいくらでも歪みます。
大事なのは、判断の過程です」
数日後。
フォルン領内の小規模な結界実験が行われた。
あえて出力を落とし、
あえて不安定な条件を作る。
「……来ます」
アレインの声が落ちる。
結界が、わずかに軋んだ。
「今、何を見ますか」
リシェルが問う。
「数値ではありません」
アレインは目を閉じる。
「空気の滞り。
地面の反応。
人の動き」
数秒後。
「ここで止めます」
処理は間に合った。
被害は出ない。
だが記録には、こう書かれる。
出力調整が二呼吸遅れた。
原因:判断のための確認過多。
「……失敗、ですね」
「はい」
アレインはうなずく。
「だから、残します」
この建物に、
特定の職名は与えられなかった。
調整官でも、研究所でもない。
なぜなら。
「名前をつけた瞬間、
“その人の仕事”になってしまう」
アレインは、そう言った。
「これは、
誰か一人が背負う役割ではありません」
やがて、数人の若者が集まった。
兵士上がり。
治癒士見習い。
結界技師志望。
共通点は一つ。
戦いのあとに、違和感を覚えたことがある。
「ここでは、答えは教えません」
アレインは最初にそう告げた。
「代わりに、
“問いの立て方”を残します」
彼らは戸惑い、失敗し、時に立ち尽くす。
だが、誰も壊さなかった。
なぜなら。
ここでは、
失敗が前提だからだ。
遠くの国で、また一つの自治領が崩れたという報が届く。
アレインは、その地図を静かに畳んだ。
「間に合いませんでした」
リシェルが、悔しそうに言う。
「ええ」
アレインは否定しない。
「でも――
次は、間に合うかもしれません」
名前のない建物で、
名前のない役割が、
静かに形を持ち始めていた。
それは職業ではない。
制度でもない。
ただ一つ。
壊さないために考える、という選択。




