第11話 王国の外側で
フォルン辺境領の朝は、相変わらず静かだった。
市場では商人が店を開き、
巡回兵は欠伸を噛み殺し、
結界塔は何事もなかったように稼働している。
――何も起きていない。
それはもう、特別なことではなかった。
「最近、来訪者が増えてますね」
リシェルが帳簿を閉じながら言った。
「王国の人間じゃない人まで来てます」
「……そうですか」
アレインは驚かない。
王都で起きた結界事故の噂は、
すでに国境を越えて広がっている。
そして噂は、必ず次の形に変わる。
“あそこでは問題が起きていない”
その日の昼、政庁に一組の客が現れた。
見慣れない紋章。
王国式ではない礼法。
「隣国セルディア公国より参りました」
使者は名乗り、深く頭を下げる。
「戦後復興に関する助言を求めたい」
リシェルが息を呑む。
セルディアは、王国と同規模の軍事国家だ。
そして、半年前に戦争を終えたばかり。
――嫌な一致だった。
応接室。
アレインは、使者の話を最後まで聞いた。
魔獣討伐後の土地不調。
兵士の原因不明の疲弊。
結界の微細な揺らぎ。
どれも、
かつて王都で聞いたものと同じ。
「我々は、すでに十分な勝利を得ました」
使者は言う。
「ですから、これ以上の人員は割けない。
短期的な助言だけでも――」
アレインは、首を横に振った。
「お断りします」
リシェルが思わず彼を見る。
だが、アレインの表情は変わらない。
「理由を、伺っても?」
使者は冷静だった。
「助言は、責任とセットです」
アレインは静かに答える。
「短期的な対処はできます。
ですが、続けられないなら――」
言葉を切る。
「やらない方が、まだましです」
使者の表情が固まる。
それは、拒絶ではない。
警告だった。
「王国は、同じことを言いました」
アレインは続ける。
「問題が起きたら対処する。
今は必要ない、と」
結果がどうなったかは、
もう誰もが知っている。
使者は深く息を吐き、頭を下げた。
「……持ち帰ります」
交渉は、それで終わった。
その夜。
リシェルが、ぽつりと聞いた。
「助けなくて、よかったんですか」
「助けていません」
アレインは訂正する。
「助けられないんです」
沈黙。
「私が一人で行けば、
その場は安定するでしょう」
だが、それは――
次の崩壊を先送りするだけだ。
「それでは、意味がありません」
翌日。
別の国から、また別の使者が来た。
似た話。
似た状況。
似た期待。
そして、同じ答え。
フォルン領は、
“答えがもらえない場所”として知られ始める。
だが同時に。
“問題が起きていない場所”
としても。
夕暮れ。
アレインは結界塔の点検を終え、空を見上げた。
「……一人では、無理ですね」
初めて、そう呟いた。
それは諦めではない。
事実の確認だった。
この世界は、
もう個人の善意や技量で
支えられる段階を過ぎている。
それでも。
必要なことは、変わらない。
遠く、王国の方向で、
結界がわずかに揺れた。
フォルン領では、何も起きない。
だが世界は、
次の段階に進み始めている。




