第103話 閑話 評価できない仕事
これは、
彼を追放した側の話です。
派手な罰は、ここにも出てきません。
ただ、
「評価する」という仕事をしていた男が、
評価できないものと向き合うだけの話です。
王城・評価局。
窓の大きな、明るい部屋だった。
評価局長ミルザ・フェンは、その明るさが気に入っていた。
数字は、光の下でこそ正しく読める。
そう信じていた。
戦争が終わって、季節がひとつ巡った。
机の上には、いつも通り報告書が積まれている。
どれも“良好”の文字が並ぶ。
討伐、治癒、建設。成果は目に見え、数値に残り、評価できる。
ミルザは満足していた。
自分の判断は正しかった。
成果の出ない部門を切り、出る部門に予算を寄せた。
健全だ。
---
だが、最近になって、机の隅に別の束が増え始めていた。
“分類未定”と書かれた薄い報告の集まりだ。
部下のレンが、また一枚を足しにくる。
「局長。西の街道で、荷馬が三頭続けて倒れました」
「原因は」
「不明です。獣医の見立てでは、水でも病でもないと」
ミルザは書式に目を落とす。
被害額、僅少。
負傷者、なし。
死者、なし。
「評価対象外だ」
自分の口から、するりとその言葉が出た。
「そこに置いておけ」
レンは一礼して、薄い束の上に一枚を重ねた。
束は、少しだけ厚くなった。
---
その夜も、ミルザは残っていた。
東部の地脈観測点から、微弱な変動の報告。
王都の治癒院から、後遺症の再発が三件。
北の農地で、原因のわからない不作。
どれも、単体では小さい。
どれも、閾値に届かない。
どれも、“評価対象外”。
正しく処理している。
なのに、束だけが厚くなっていく。
ミルザは、その厚みを指ではさんでみた。
「……何も、起きていない」
声に出してみて、少しだけ止まった。
何も起きていない。
それは、良いことのはずだった。
---
ふと、机の奥の抽斗を開けた。
半年前、廃棄しそこねた書類がある。
表紙に、見覚えのある字。
――魔力残滓の観測点。危険度の高い地脈。英雄各位の後遺症傾向。
あの日、会議室で差し出された引き継ぎ資料だった。
「不要だ」
そう言って、受け取らなかった。
問題が起きた時に対処すればいい、と。
ミルザは、その束を開いた。
中には、地図があった。
いくつもの点に、小さな注記が添えられている。
「馬の飲み水、上流の残滓に注意。三月ごろ沈殿しやすい」
「東部地脈、季節の変わり目に微動。放置可、記録のみ」
「治癒後三月、まれに反動。要観察」
ミルザの机の、薄い束と。
地図の、小さな点と。
重なっていた。
一つ残らず、重なっていた。
---
彼は、ゆっくりと椅子に沈んだ。
この男は、これらを知っていた。
起きる前に。
起きないように。
そして――起きなかったから、評価されなかった。
ミルザの仕事は、成果を数字にすることだった。
だが、この男の成果は、いつも「何も起きなかった」だ。
起きなかったことは、数えられない。
数えられないものは、評価できない。
評価できないものを、彼は不要と呼んだ。
正しく。
合理的に。
迷いなく。
---
窓の外は、暗い。
明るい部屋も、夜には光を失う。
ミルザは、ペンを持ったまま、動かなかった。
この束を、どう評価すればいい。
被害はまだ小さい。
どれも閾値の下。
合計しても、予算を動かす数字には届かない。
だが、束は厚くなり続けている。
そして、この厚みを止められた男は、もういない。
彼は、その男の資料を、そっと机の中央に戻した。
廃棄の判は、押せなかった。
かといって、どう扱うべきかも、分からなかった。
評価する仕事をしてきた男が、
人生で初めて、
評価できないものを前にしていた。
窓の外で、また一つ、小さな何かが起きている。
誰にも数えられないまま。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
追放した側にも、顔と理屈がありました。
彼が正しかったからこそ、この物語は続いてしまいます。
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
これからもどうぞよろしくお願いします!




