第1話 戦後調整官は不要とされた
この物語に、
派手な勝利はあまり出てきません。
代わりに出てくるのは、
「何も起きなかった」という結果です。
事故が起きなかった。
戦争が広がらなかった。
街が壊れなかった。
それらは普通、
物語の中では描かれません。
なぜなら、
起きなかったことは
評価されないからです。
これは、
評価されなかった仕事の話です。
そして――
評価されなかったからこそ、
続いてしまった世界の話です。
王城第三会議室は、戦勝の余韻がまだ抜けきらない空気に満ちていた。
壁に掛けられた地図には、赤い印で魔獣討伐完了の印が並び、長机の上には予算案と人員整理表が整然と積まれている。
その末席に、アレイン・クロウは座っていた。
――元・王国戦後調整官。
「次の議題に移る」
宰相バルド・グレンハルトが低く告げる。
彼の声には迷いがない。むしろ、ようやく本題に入れたという安堵すら混じっていた。
「戦時体制の終了に伴い、非戦闘部門の再編を行う。財政健全化のためだ」
数名の高官がうなずく。
誰も反論しない。戦争は終わった。英雄は凱旋し、民は平和を望んでいる。
「戦後調整官職は、ここで廃止する」
淡々とした宣告だった。
会議室の空気が、一瞬だけ静まる。
だがそれは驚きではなく、「予定通り」という沈黙だった。
「アレイン・クロウ。君は今日付けで解任だ」
アレインは、すぐには返事をしなかった。
書類に視線を落とし、そこに並ぶ数字を一つひとつなぞる。
討伐成功率。
戦死者数。
戦後復興費。
どれも“良好”の文字が踊っている。
「理由は明確だ」
口を開いたのは評価局長ミルザ・フェンだった。
「君の職務は成果が数値化できない。
今後は、戦闘・治癒・建設といった直接的効果のある部門に予算を集中させる」
正論だった。
「魔力汚染は沈静化している」
「呪い被害の報告は減少している」
「地脈も安定している」
だから不要。
“問題が起きていない”以上、仕事は存在しない。
「異論はあるか?」
宰相が問う。
英雄団長カイ・レオンハルトが、わずかに視線を動かした。
だが彼は剣ではなく、沈黙を選んだ。
「……ない」
それが答えだった。
アレインは、ようやく顔を上げる。
「承知しました」
声は穏やかで、感情の揺れはない。
「引き継ぎ資料はすでにまとめてあります。
魔力残滓の観測点、危険度の高い地脈、英雄各位の後遺症傾向――」
「不要だ」
ミルザが遮った。
「今後は、問題が起きた時に対処すればいい」
その言葉に、誰も違和感を覚えなかった。
――問題が起きたら。
アレインは一瞬だけ、何か言いかけて口を閉じた。
そして静かに立ち上がる。
「それでは、失礼します」
彼は深く一礼し、会議室を後にした。
扉が閉まった後、宰相が小さく息を吐く。
「これでいい。平和な時代に、影の仕事は必要ない」
誰も反論しなかった。
誰一人として、
“なぜ今まで問題が起きなかったのか”を考えなかった。
そしてこの日を境に、
王国は静かに、確実に――
壊れ始めることになる。
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