溢れる
「ピス兄ちゃん!」
「あぁカイア、今日は学校楽しかったです?」
「うん!あ、そういえば学校でね
隣国の伯爵が来週来るから、粗相のないようにって言われた」
ーえ、
ドクンと胸が脈を打つ
「カイア、それは…なんて伯爵の名前か聞きましたか?」
抱き着いてくる弟と手を繋ぎながら歩く。
「えっと…なんて言ってたかな…うーんとそ、ソフォス伯爵!」
ードクン
名前を聞くだけで、
この半年の間、血が流れていなかったのかと思うほど
脈は速くなる。
「そうですか」
「かっこいいかな!!見に行こうかな!!一緒に行こうよ!!」
「…いえ、すみません、私は家の仕事がありますので」
私は笑顔を作れているのだろうか…
「本当に行かないの?」
少し生地の良い服を着て、カイアは私に尋ねる。
「…はい。楽しんできてください」
くしゃ
カイアの頭を撫で見送った。
母と一緒にカイアは今日街に出かけた。
隣国の伯爵が、こんな小さな街に来る
迎える伯爵も大変だろう。
「父さん、鉱山に行きますね」
「あぁ」
父に家を任せ、いつもの山道を進む。
ー何をしに来たのだろう。
この街で盛んなことは、それこそエグ宝石くらいだ
磨けば綺麗な宝石で、地表が深いほど黒く、赤い。
今日は暑くなりそうだな。
じりじり日差しが温度を上げる。
「ーしまった。今何時だ?」
無心でただ、掘ることを考えていたら
時間間隔を失った。
腰に付けていた懐中時計は14時を指していた。
洞窟から出て、昼食を食べるか。
ーえ?雨
洞窟を出れば、雨が降っていた。
山の天気は変わりやすいというが。
今日降水確率20%だったな
通り雨か
私は洞窟の入口にシートを引いて
お弁当を食べた。
ー寒いな
あんなに暑かったのに、洞窟は暗く気温も低くなる。
持ってきた上着を着て、作業を再開した。
どうせ雨なら…
ガリガリ
カツカツ
無心で作業してた。
「おーい!!ピス!!おーい!!」
父の声が遠くから聞こえる
「こちらにいます!!」
「ずいぶん1人で進んだな!今雨が思ったより多く降ってる!!
地盤が緩くなるかもしれないから!!帰ってこーい!!!」
遠くから父の声がして
「分かりました!!!今戻ります!!」
道具を片付けていると
「ピス!!!早く戻ってこい!!!」
父の声に少し焦りが含まれている
「はい!!どうしました!?」
私が言い終わるかくらいで、大きな地響きのような音が聞こえだした
ゴゴゴゴゴゴゴ
ーまずい!土砂崩れか!
「父さん!!!洞窟から!!離れて!!!」
「ピス!!!」
父の声と同時くらいに、目の前が大きく崩れだした。
ガラガラガラ
ゴゴゴゴゴゴゴ
ーまずい
私は緊急用の頑丈にできている避難洞窟に身を隠した。
10分ほど時間が経っただろうか
洞窟出口は完全に見えない。
明かりは自分の懐中電灯だけ
ー父さんは?!
「父さーん!!」
何度か叫んでも、かえってきてしまい
届いている気配はない。
ー変に動いても悪化したら元も子もない
じっと座っていた。
ーこのまま、地盤がもっと緩んだら、この避難用も潰れるな…
そしたら私は、ここで生涯を終えるのか
危機的状況に、やけに冷静な自分がいた。
ー最後に会いたい
ぽつり、心の中で言葉が出た。
自分でも驚いて胸に手を置く。
やめなさい。この状態で、溢れてはいけない
溢れたところで…悲しくなるだけ
ー会いたい
ーあの背中をもう一度…
「やめて…」
自分でも溢れているのが分かる
胸が熱い、勝手に涙が出る。
ーダメだ
ーそんなこと考えたって
ー意味なんてない
ー会いたい
ー本当は、
ー嬉しかった
ーソフォス家を捨てると
ーなんの迷いもなく放たれた言葉に
ー迷いも、不安も、なかった
ー確信ついた、その言葉に
ー本当は飛び込みたかった
「ーっく」
涙が止まらない
最後にもう一度だけ
会いたい
会いたい
会いたい
ゴゴゴゴゴゴゴ
ガラガラガラ
大きな音が響く、
ー土砂崩れか?!
「ー子が!!」
遠くから微かに声がする
「ーが!!息子が埋まってるんです!!」
父さんの声だ、誰かと話してる
僕は顔を上げ、声の場所を辿る
「ピス!!!いるか!!ピス!!ーピス!!」
聞き間違えるはずない
今、一番、
ー会いたかった
「アルクさま!!!ここです!!アルクさま!!」
限りなく大きな声で、私は叫んだ。
喉が潰れたっていい
貴方が、そこにいる
私の名前を呼んでいる
それだけで、
こんなに嬉しいか
「ピス!!!避難洞窟の近くか?!」
「はい!!」
「そのままそこにいろ!!!今掘り出す!!」
機械の音と、岩や土砂が大きく動く
ゴゴゴゴゴゴゴ
ガラガラガラ
「止めろ!!これ以上は人力でなければ崩れる!!」
「ピス!!!ピス!!!怪我はないか!!」
「は…い!はい!!」
ガッガッ
掘る音がする
懸命に声を掛けてくれる
「ピス!!!ピス!!!聞こえてるか!!」
「はい!!聞こえています!!」
ボコッ
目の前に振る注ぐ雨と光
上に穴が開いたんだ
見上げると
ずぶ濡れで、泥だらけのアルク様がいた。
ライトに照らされて、眩しくてみえない
「ピス!!手を伸ばせ!!」
「はい!」
力の限り手を伸ばす。
グッと
掴まれた手は大きく
私を持ち上げる力は強くて
「…よかった」
そのまま引き上げられて
抱きしめられた。
「ーっありがとうございます。」
ー会いたかった




