王宮で婚約破棄を望んだ恋人達の末路
「……え?」
一瞬、彼の言葉の意味が理解できなかった。
「婚約を、解消したいんだ」
彼は、隣に立つ令嬢の手を優しく包む。
「真実の愛を見つけたんだ
……アリアナ」
「レオン様……」
アリアナは幸せそうに笑みを浮かべた。
「もちろん、急な話で、君には申し訳なく思っている。
でも君なら、
僕の気持ちを理解してくれると思ったんだ」
「そんな……」
足に力が入らない。
周りにいる人々の視線が痛い。
私は耐えきれず背を向け、その場を後にした。
◆
彼――レオン・ハートレー子爵家嫡男は、
いつも社交の輪の中心にいる“完璧な人”だった。
婚約が決まったあの日、彼は微笑みながら言った。
『君なら、僕の隣に立てるようになってくれると信じているよ。
――クラリッサなら、大丈夫だろう?』
そう言われ、礼法も経済も、眠る時間を削って覚えた。
彼の隣に立つために。
けれど結局、彼にとって私は――。
「……つまらない、真面目すぎる女だったのね……」
学園のベンチに座り込み、項垂れていたとき。
「大丈夫?」
軽やかな声が降ってきた。
顔を上げると、光を弾くような薄金の髪。
「る、ルチア王女殿下……!」
慌てて立ち上がる私を、彼女が手を伸ばして制した。
「座って。無理に立たなくていいの」
隣に腰を下ろした王女は、ぷうっと頬をふくらませる。
「酷い彼ね。あんな公衆の前で。どうしてあんな事したのかしら」
「わかりません。彼の考えていること……」
王女が少し身を屈め、私の目を覗き込む。
「彼のことが好きなの?」
私は涙をこぼしながら頷いた。
「でも……もう彼は……そうですよね、私なんかより、彼女の方がお似合いで……」
「そんなことないわ。あなたは魅力的よ。顔を上げて」
彼女は立ち上がり、手を差し出す。
「まだ正式に破棄が決まったわけじゃないわ」
「そうですが……でも」
「王宮で決着をつければいい。彼がどれだけ覚悟しているのか、確かめてみましょう」
私は顔を上げ、王女を見る。
私も……こんなふうに輝けていたら、違っていたのかな。
王女の手を取り、私はゆっくり立ち上がった。
◆
王宮の大広間。
王と重臣、証人の諸侯。そして私たち。
少し離れた場所で、アリアナが緊張した面持ちで立っていた。
落ち着かないように指を絡め、レオンを見ている。
レオンは胸に手を当て、朗々と声を上げた。
「恐れながら陛下、
私、レオン・ハートレーは――
王宮に届け出た婚約を、破棄したく存じます!」
場が静まり返る。
王は穏やかながら、どこか力の抜けた声で問いかけた。
「……理由は?」
「私は、アリアナを心から愛してしまいました!」
「婚約者がいるのにか?」
「ええ、婚約者殿には感謝こそあれ、情はありません!」
アリアナの頬が赤く染まり、胸に手を当て微笑む。
私の胸がぎゅっと締めつけられた。
「ふむ、そうか……それなら仕方がないな」
王が微妙に困った顔でため息をついた。
レオンの表情がぱっと明るくなる。
……本当に、私のことを何とも思っていないのね。
私は項垂れ、涙目になっていた。
「……で、婚約を破棄したら“何が起こるか”、理解しているかね?」
王の問いに、場の空気がわずかに張りつめた。
レオンは一瞬だけ視線を泳がせたが、すぐ肩をすくめる。
「クラリッサは聡明です。
契約や条件についても……後で、きちんと判断してくれるでしょう」
その言葉を聞いた瞬間、私の中で何かが崩れ落ちた。
――ああ、そうなのね。
責任も、後始末も、痛みも、
彼は私が受け入れる前提で、ここに立っている。
彼にとっての私は――。
王女が、ぱちんと扇を畳く音が響いた。
その音を聞いてはっとする。
「クラリッサ・ロザンジュ伯爵令嬢。
彼は、そう言っているけれど?」
一斉に視線が集まる。
レオンは私を見て、小さく頷いた。
――わかってくれるよな、という顔で。
「わたしは……」
言いかけて、王女と目があった。
彼女は何もいわず、ただ、私を見つめる。
……そっか、この人は。
私はゆっくりと涙を拭い、背筋を伸ばした。
一歩、前に出る。
「陛下。契約条項の確認をしても、よろしいでしょうか」
王は顎髭を撫で、静かに頷いた。
「うむ。ロザンジュ伯爵家の令嬢として、発言を許す」
「ありがとうございます」
一礼して顔を上げる。
「この婚約は、“継続を前提”とした契約です。
破棄された時点で、伯爵家が提供した資金・権利・保証は、すべて失効します」
レオンは軽く頷いている。
「具体的には――港の管理権、荷役徴税権、鉱区の優先権。
それらはすべて、ロザンジュ伯爵家へ返還されます」
その瞬間、レオンの眉がわずかに動いた。
「さらに、保証が外れるため、ハートレー家の借財は――
即時一括返済となります」
空気が凍る。
ルチアが肩をすくめた。
「違約金は持参金の二倍。
加えて、公の場での一方的な破棄による名誉毀損分も発生しますわね」
アリアナが小さく息を呑み、指先を握りしめた。
王は深く頷いた。
「……クラリッサ。そなたは、どうする?」
私は息を吸い、答えた。
「――いたしましょう、陛下。
婚約は、本日をもって解消いたします」
視線の端に、ルチア王女がやさしく微笑んでいた。
「資産と権利の移転手続きは本日中に。
港、鉱区、輸送保険の口座――すべて、伯爵家へ戻します」
「待て!」
レオンの声が裏返る。
「君は……本当に、わかっているのか!?
こんなことをしたら、どうなるか――」
「ええ。わかっています。
……わかっていなかったのは、あなただけです」
王が書記官に合図した。
「公報に載せよ。
“婚約解消に伴う契約執行”として」
木槌が乾いた音を立てた。
「彼らは客間へ。
クラリッサは会計局へ。手続きは早い方がよい」
「御意」
レオンは使用人に支えられるようにして、力なくその場を後にした。
アリアナは涙を流しながら、その後を追っていった。
「ルチア殿下、ありがとうございました……」
私の言葉に、王女はやわらかく微笑む。
「私、彼の本性に全然気づけませんでした。愚かですよね」
自嘲気味に笑うと、彼女は首を横に振った。
「あなたは愚かじゃないわ。
ちゃんと、自分で気づけたじゃない」
窓から差す光が私を照らす。
「努力は無駄じゃなかったでしょう? 自信、ついた?」
この方は――私に気づく場を与えてくれたんだ。
「……はい。おかげで、自信がつきました」
「よかったわ――さあ、次はあなたの未来の話をしましょう?」
書記官があわてて手帳を開く。
王女は、私の背中をそっと押した。
◆
「……しかし、爵位も持たぬ若造が、よくあそこまで大それた真似をしたものだな。
一体、何を考えていたのやら」
王の呟きに、背後で控えていたルチアが肩をすくめる。
「見た目だけなら、本当に“完璧”でしたもの。
学園では人気者でしたし……勘違いしてしまったのでしょうね、彼」
王は半眼になり、軽く顎髭を撫でた。
「ところでルチア。
あの件、わざわざ“王宮からの通達”という形にしたのは、どういうつもりだった?」
娘は悪戯っぽく微笑む。
「家門同士で話を進めていたら……
クラリッサは、きっと彼の本性に気づけないままだったはずです。
あの場で、彼の覚悟と浅さを“はっきりと見せる”必要がありました。
少し荒療治でしたけれど、王宮での裁定が一番早かったのです」
王は「なるほど」と小さく頷く。
「……で、あの二人は今どうしている?」
「学園では気まずさと噂で肩身が狭いようです。
家の方も……借財の処理に追われ、大変だとか。
アリアナ嬢は実家に戻る話も出ているそうですわ」
王はふう、と苦い顔をした。
「自ら選んだ道とはいえ……若さゆえの愚かさか。
――で、クラリッサは?」
その問いに、ルチアの表情がふわりと明るくなる。
「恋人ができましたの。
あの調停での振る舞いに惹かれた方がいて……
今は穏やかに、お互いのことを学んでいる最中だそうです」
「レオンのおかげで、か。
思わぬ形で……彼女は“愛し合える相手”を見つけたわけだな」
「ええ。
それに……レオンから学ぶべきことも、ひとつありますわ」
王が怪訝そうに眉を寄せる。
「何だ?」
「“愛している”と、人前で堂々と口にできたことでしょう。
お父さま――お母さまに、最近仰っていますか?」
「……(´・ω・`)」
「大丈夫。
――お父さまならできますわ(^^)」
しばしの沈黙ののち、王はなんとも言えない顔で天井を仰いだ。
「あれを見習わねばならんのか……」
机に肘をつきながら、深いため息を落とす。
「全く、親の威厳が保てん」
そのぼやきをかき消すように、
ルチアの笑い声が、軽やかに響いた。
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