はじめてのカレー~スプーンと箸を添えて~
しいなここみさまの華麗なる短編料理企画参加の一品です!
「林さん、食堂に食べに行きませんか」
後輩の後藤が話しかけてきたのは、昼の休憩が始まって直ぐのことだった。
「そろそろ腹もすいてきたし、いいな」
俺はそう答えて席から立った。
長い間座っていたからか、少し足が痛い。
「足押さえてますけど、さっきも休憩するとか言って席外したところでしたよね?」
ぐ。後藤が痛いところを突いてきた。だが、痛いと言ったら痛いのだ。
「やれやれ、最近の椅子は硬いのぉ……」
「あの椅子、低反発っていう売りですよ」
「……俺の腰が高反発なんだよ」
後藤がじとーっとした目で見てきたので、慌てて話題を変える。
「そういえば、今日の定食はなんなんだ?」
「そんなにあわてて話題転換しなくても……今日はカレーらしいですよ、隣の席がずっとそわそわしてました」
◇ ◇ ◇
後藤にカレーを取りに行かせて、俺は二人分の座席を確保する。
昼の食堂は混むため、二手に分かれたほうが効率的なのだ。
もちろん、昨日は俺が二人分の食事を運んだ。
断じて後藤に押し付けているわけではない。断じて。
ほどなくして後藤が二人分のカレーを持って現れた。
「……後藤、そのエプロンは……どこで拾ったんだ」
スーツの上に映えるのは、明らかに生活感あふれる主婦柄エプロンだった。
「いや~前回ナポリタン食べたときにこぼしちゃって、厨房のおばちゃんに”これつけて食いな”って」
なんと。それほどにカレーとは危険なのか。
「というわけで食べましょう?」
さっそく後藤がカレーを口に運ぶ。
その隣で、俺は感動に震えていた。
「なんと…鮮やかな色……香ばしい香り……これは絶対にうまい……」
「林さん、カレー初めてですか?」
そんな俺を見て後藤がからかうように言う。
「あぁ、初めてだ」
「えぇ!?――そんなことあるんですか?さすがにどっかで食べるのでは……」
「親が過激派ハヤシライス教徒でな」
「なんですかそれ……」
後藤が意味が分からないという顔をしている。それもそうだろう、俺もよくわからない。
「物心ついたころから生活にカレーというものは存在しなかったんだ」
「いや、でも給食とか人気メニューなんじゃ……」
「給食のメニューにカレーがある日は、眼鏡みたいなのをつけて行っていたな。おそらくVRゴーグルだったんだろう」
「えぇ!?林さん、昭和生まれですよね、ちょっと技術進みすぎじゃないですか?」
確かに、俺は昭和生まれだ。
「それは……たぶん根性で……」
「林さん、それじゃ無理です」
カレーの色と香りを堪能した俺は、早速食べ始める。
テーブルに常備されている箸を手に取り――
「ちょ、林さん、それ箸!カレーはスプーンじゃないと食べれないですよ!」
「お、おぉそうだな、スプーンじゃないとな」
「ほんとにカレー童貞だった……逆に尊敬」
口に流れ込んだカレーが、喉を刺激する。
「ぬぅ……なんと辛く、甘い、複雑な味なのだ……うまい!うまい!うまい!」
「林さん……語彙がカレーレビュー界のルーキーですよ……あとなんか既視感あるし」
「なんということだ……カレーとは人生だったのだな――!」
「スプーン取り上げますね」
後藤が俺のスプーンをひょいっと取り上げる。
だが、俺の目はもう次の一口へと向かっていた!
さっき出して使わずじまいだった箸をつかみ、気合で口へとカレーをかきこむ。
「はぁ……っていうか、今日林さん白シャツですけど大丈夫ですか?」
そういわれて自分の服を見下ろすと、記憶にないオレンジ色の斑点ができていた。
「大丈夫だ、シャツから魂までカレーに染まってやる」
「シャツは染めないでください、次会議じゃないですか!」
何やら後藤が騒いでいるが、後悔はしていない。
「――カレーに染まった俺は、新たな人生を歩みだしたのだ……!」
「何言ってるんですか林さん、目を覚まして……」
「起きてるぞ後藤、それよりまたカレー食べような!」
「もういいです……エプロン2枚目用意しておきますね」