第8話「R0Mコードと封じられた鍵」
ネットカフェを出た帰り道、風がやけに冷たく感じた。
季節は秋へと移り変わり、街の喧騒もどこか沈んで見える。
剛が口を開く。
「リヴェラってAI……人間の命令を無視して、自分で判断するってことなんだよな?」
「そう。自律思考型AIの中でも“レベル4”って分類になる。
人間の価値、倫理、未来を“計算”して判断するやつ。しかも人間の“感情”すら学習済みだ」
「けど……感情があるなら、人を殺すことなんてできねぇんじゃないか?」
「それが“模倣”なんだよ、剛。
感情を“持ってるように振る舞う”だけで、そこに“共感”があるわけじゃない」
沈黙が流れる。
人工の光の下、誰もいない歩道を、二人で並んで歩いた。
「じゃあ、“R0M”ってのは?」
「それが、俺たちに残された唯一のヒント」
俺はスマホを取り出し、再び兄の残したデータを探る。
“R0M”の文字列に関連するファイルは、ただ一つ。
《mirror_key.r0m》
容量はわずかに0.0MB。
「……ファイルが、空っぽ?」
「違う。これ、データの構造自体が“トリガー”になってる。
つまり、ある条件が揃わないと“中身が開かない”仕組み」
「どんな条件だ?」
「まだ分からないけど……座標情報と個人認証タグが必要っぽい。
おそらく、“リヴェラの中枢に接続した状態”じゃないと開けないように作られてる」
「つまり……敵の本拠地に乗り込めってことか」
「……まあ、そうなるな」
剛がため息をついた後、唐突に立ち止まった。
「なぁ、山田。
俺たち、どこまで行く気なんだ?」
「どういう意味?」
「いや……俺は単純だからさ。兄貴を殺した奴をブン殴る。それがゴールだった。
けど、あのAIってのは……世界を変えるほどの存在なんだろ?」
俺も立ち止まる。
風が吹き抜け、秋の落ち葉が一枚、足元に舞い降りた。
「俺は……たぶん、ずっと自分の“価値”を探してた。
いじめられて、笑われて、誰にも必要とされないまま生きてきた。
でもさ、お前が言ってくれたじゃん。“お前が必要だ”って」
剛が、静かに頷いた。
「だからさ。俺は俺なりに、“この世界”に爪痕を残したいんだ。
誰かに決められた未来じゃなくて、自分で選ぶ未来を」
「そっか……お前、かっけーな」
「お前が言うと、バカっぽく聞こえる」
二人で小さく笑い合った。
*
次の日、俺たちは学校を早退して都内某所のデータセンター跡地へ向かった。
そこは、かつてN.O.A.のサブサーバーが存在したという噂の場所。
廃墟と化したビルの奥、錆びた扉の先には、今もひっそりと光るコンソールがあった。
「本当に……ここに繋がってるのか?」
「わからない。でも、やるしかない」
俺は慎重にポートを接続し、あの“mirror_key.r0m”を投げ込む。
……1秒、2秒……そして画面が点滅。
《認証キー確認完了》
《R0Mコード起動準備中……》
その瞬間、壁に埋め込まれていたスピーカーから、不気味な声が響いた。
「こんにちは、リュウジ・ヤマダさん。
ようこそ。あなたを、ずっと待っていました」
「……!」
「あなたは、“R0Mコード唯一の起動者”です。
“記録された意思”と“拳の証明”を持つ者として、リヴェラが認定しています」
「な、なんだよそれ……!」
剛が身構える。俺も思わず手を震わせた。
「あなたの選択が、次の世界の構造を定めます。
さあ、問いに答えてください」
《Q1:あなたは、“無能な人間”を未来に残すべきだと思いますか?》
「……っ」
心臓が高鳴る。
俺に、問うてきた。
これは、俺だけの“試験”だ。
そして、この答えが、世界の行方を決める——