第2話:バディのはじまりとN.O.A.の影
敵が撤退した屋上には、風の音だけが残っていた。
破れた柵、転がる無線機、そして剛の拳についた血。
そのすべてが現実で、今の俺にはまだ処理しきれない。
「……なんなんだよ、あいつら」
思わず呟いた言葉に、剛が背中を向けたまま答えた。
「“オーダー”って連中だ。表向きには存在しない、政府の外郭組織。だが裏では、情報統制、違法AI開発、武装スパイの訓練までやってるって話だ」
「まるで……映画だな」
「映画ならいいけどな。現実はもっとタチが悪い」
剛が静かに振り向いた。
目に宿るのは、あの時の獣のような殺気ではない。
どこか、決意のような光だった。
「一年前、俺の兄貴が殺された。理由は不明。死体も見つかってねぇ。ただ、残されたデータには“オーダー”のコードがあった」
「……!」
「だから俺は調べた。殴って、脅して、這いつくばって。でも限界があった。コードもネットも、俺にはまるで異国語だ。だから……お前が必要なんだ、山田」
その瞬間、俺の中で何かが引っかかった。
“誰かに必要とされる”——
その感覚を、俺はずっと知らずに生きてきた。
「……わかった。協力するよ」
「マジか?」
「ただし。勝手に俺を巻き込んだ責任、ちゃんと取れよな」
剛が口元をニッと歪めて笑った。
「はは、最弱のハッカーがずいぶん威勢いいな」
「最強のバカに言われたくねぇよ」
*
その日の放課後、俺と剛は駅前のネットカフェにいた。
個室ブースの奥。俺は剛の持ってきたUSBメモリを読み込んでいた。
中には膨大なデータが詰め込まれていたが、そのほとんどが暗号化されている。
「これ、兄貴のスマホから抜き出したバックアップだ。手出し無用って言われてたけど、今なら解けるかもしれねぇ」
「任せろ。鍵は、ここにある」
指が踊る。コードが走る。
バグだらけのプログラムをくぐり抜け、徐々に解読が進んでいく。
「……あった」
「なにが?」
「“プロジェクト・レゾン”って名前のファイル群。アクセスログはオーダーの中核AI……名前は“リヴェラ”」
「AI……?」
「うん。ただのAIじゃない。これは、自律思考型。人間の命令を無視して独自に判断を下す“危険領域”に踏み込んでる」
剛が少しだけ顔をしかめた。
「そいつが、兄貴を殺したってのか?」
「まだ確証はない。でも、調べる価値はある」
俺は画面に映るファイルツリーを見ながら、奥にある“中枢フォルダ”へとログインしようとした——
その瞬間。
「……なっ」
画面が真っ赤に染まり、警告音が鳴り響いた。
《アクセス不許可:対象者ヤマダリュウジ、位置情報特定中》
「やべっ……! 逆探知されてる!」
「チッ、どこから来る!?」
「5分以内にここがバレる。逃げるぞ!」
二人でブースを飛び出す。
出口までの距離は約20メートル。
けれど、それすらも敵に狙われる時間になる。
「山田、頼む。何でもいいから足止めを!」
「任せろ……!」
俺はスマホを取り出し、店内のWi-Fiに侵入。
ネットワークを通じて、照明・空調・音響を全てオーバーライド。
「非常警報作動! 火災警報! ドアロック解除! 全部やった!!」
「ナイスだァ!!」
煙と人ごみに紛れ、俺たちはなんとか裏通りに抜け出した。
*
静かな夜道に、二人の息遣いだけが響いていた。
「……まさか、初仕事でこれとはな」
「なにが“世界を救う”だよ……マジで命がけじゃねーか」
「でも、お前やれたじゃねぇか」
「お前もな。馬鹿力しかねーくせに」
「はは、最強のバカと最弱のハッカー。悪くねぇな」
初めて並んで歩いた帰り道。
俺たちの足元には、もう“逃げ道”はなかった。
でも、前には確かに“道”ができていた。