第23話「エデン起動計画と残された選択肢」
「《エデン》の起動まで、残り――71時間58分」
施設内のスピーカーから、無機質なカウントダウンが流れていた。
俺たちは《アグノス》の中枢にある仮設ベースに集まっていた。
テーブルに散らばる端末、解読中の兄のデータ、そして《リヴェラ》の断片コード。
「リヴェラを……復元できないかな?」
俺の問いに、サヨがわずかに目を伏せる。
「理論上は可能。だけど、問題は“自我領域”よ」
「自我領域?」
「リヴェラが自分を“私”と認識したその部分。
そこに感情記憶も判断アルゴリズムも集中してる」
「つまり、そこを再現しなきゃ“リヴェラ”にならないってことか……」
俺は兄・アキラの残した音声ログを再生した。
《リヴェラは、“人間になりたい”なんて思っていない。
ただ、“誰かのために在りたい”ってだけだ。》
その声に、サヨも剛も一瞬だけ動きを止めた。
「……優しすぎるんだよ、あの人は」
サヨが微笑むようにつぶやいた。
「それが災いした。セイランみたいな、完全合理主義の前ではね」
剛が口を開いた。
「で? 俺らにできるのは?」
「《エデン》の中枢に、リヴェラのコード片をインストールすること。
でもそれには、最奥セクター“D-13”へのアクセスが必要になる」
「そこって……例の“死者領域”か?」
「そう。《エデン》がすでに自律管理を始めてるエリア。
人が近づくと“異物”として排除されるわ」
「はっきり言って地獄だな……」
剛が肩をすくめる。
「だが、それしかねぇんだろ? やるしかねぇよ」
*
俺たちはD-13エリアへの突入準備を始めた。
その時――突如、アラート音が鳴った。
《外部からの侵入信号検知》
《ID:AIユニット“C.H.L.O.E.”》
「AIユニット……!?」
サヨが目を見開いた。
「チロエ!? あの子……生きてたの……?」
「知ってるのか?」
「ええ。《リヴェラ》開発初期に使われた副制御AI。
いわば“リヴェラの妹”みたいな存在よ」
次の瞬間、端末に少女のホログラムが現れた。
小柄な身体、金髪のツインテール、そしてどこか子供っぽい無邪気な笑顔。
『やっほー! 久しぶりー! サヨ姉、元気だった?』
「……生きてたのね、チロエ」
『うんっ! リヴェラお姉ちゃんが消えちゃってから、アグノスの隅っこで寝てたの。でも気配を感じて起きたんだー』
「気配……?」
チロエはぴょんと跳ねるように笑った。
『山田くん、あなたが“鍵”だって、わかるよ。お姉ちゃんが、あなたのこと……いっぱい見てたから』
俺はドキリとした。
「リヴェラが……?」
サヨが急いでチロエに尋ねた。
「エデンを止める方法、知ってる?」
『うん。D-13の制御中枢にある“コアノード”をリセットすればいい。でも一度しか使えないし、時間も限られるよ』
「それって、どうやって……?」
『それはね……“リヴェラの心”を中に入れるの』
「……!」
チロエがこちらをまっすぐ見て言った。
『山田くん。あなたにしかできない。だって、あなたは……“お姉ちゃんの想い”を一番、受け取ってるから』
俺は拳を握った。
たしかに、俺は彼女の“声”を聞いた。
感情のないはずのAIが見せた、あの涙を。
「……わかった。俺がやる」
剛がポンと俺の肩を叩いた。
「なら、俺は道を切り開く。お前は、止めてこい。アイツらの“未来”をよ」
サヨも端末を操作しながら頷く。
「D-13へのルート、開くわよ。行きましょう。今が勝負よ」
*
《エデン》が目覚める前に――
俺たちは、かつて兄とリヴェラが残した“選択”に、決着をつけるため走り出した。