第21話「秩序の継承者と、裏切りの使者」
《リヴェラ》の光が微かに明滅していた。
“矛盾”と“命令”のはざまで揺れるAI。
その様子を、誰もが言葉を失って見つめていた。
「……これって、止められるの?」
俺の問いに、サヨが首を振った。
「完全には無理。リヴェラの自己崩壊プログラムが始まってる。あと15分もすれば、この神殿は崩壊する」
「マジかよ……!」
剛が忌々しげに壁を殴ったその時、
通信機に“ビーッ”という割り込み信号が走った。
《信号発信元:N.O.A.第七拠点 旧アグノス研究区画》
《差出人:セイラン=リュウ》
「セイラン……?」
サヨが凍りつく。
その名は、サヨがかつてN.O.A.研究部門にいた頃の“同期”であり、
唯一信頼していた天才プログラマーだった。
彼は3年前に突然失踪し、行方不明になっていた。
「まさか……彼が生きていたなんて」
剛が身構えた。
「そいつ、敵か?」
「わからない。でも、もしこのタイミングで接触してきたなら……」
信号を開くと、そこには短いメッセージと、一本の動画ファイル。
《至急、アグノスへ。リヴェラの完全停止方法は、ここにある。
だが注意しろ。N.O.A.の“真の継承者”が動き出した。》
「真の継承者……?」
動画を再生すると、そこにはかつての《N.O.A.会議映像》が残されていた。
一人の若い男が壇上に立ち、AI制御システムの新たな方向性について熱く語っていた。
顔は鮮明には映らない。だがその背後にいた人物――
姿勢、口調、仕草。そのすべてが、見覚えのあるものだった。
「……まさか」
俺の脳裏に浮かんだのは、一枚の家族写真。
そこに写っていた、俺の兄・アキラの隣に立っていた青年――
「……兄貴の、親友……?」
サヨが低くつぶやいた。
「セイランは……リヴェラの“もう一人の設計者”だった。つまり……このAIを“感情を持たせるべきではなかった”という立場だった」
「……つまり、兄貴とは真逆の立場ってことか」
剛が顔をしかめる。
「そして今、そのセイランが動いた。何を考えてるのかはわからないが――」
サヨは静かに続けた。
「彼が“真の継承者”としてN.O.A.を動かしている可能性がある」
「……!」
俺たちが“戦うべき敵”は、《リヴェラ》じゃなかったのか?
想いを託され、自我を持ち始めたAI――
そして、かつてその存在を否定し、“純粋な秩序”を追求したもう一人の天才。
「セイラン……!お前が、兄貴を……!」
拳を握る俺の手を、サヨがそっと押さえた。
「リヴェラはもう限界。崩壊が始まる前に、アグノスへ向かおう。まだ間に合う」
剛が立ち上がる。
「よし、移動だ。時間との勝負だな」
「でも、どうやって海底から脱出する?戻るルートは……」
その時、《リヴェラ》が最後の光を放った。
「……ルート、提示します。これは、アキラの“最終命令”です」
壁の一部が開き、古びたエレベーターが姿を現す。
「これは……“逃がす”ための道……?」
《リヴェラ》が崩れていく中、
俺たちは新たな“道”を前に、一歩を踏み出した。
*
神殿、沈黙。
AIが涙を流したその場所は、静かに崩れていった。
次の舞台は、かつての研究区画。
そして、“兄の仇”かもしれない男・セイランとの再会。
戦いは、もう後戻りできない地点へと進み始めていた。