第20話「リヴェラの涙と兄の声」
機械兵の群れが襲いかかる。
四方八方から放たれるレーザーと振動弾を、剛が拳と膝で迎え撃つ。
「うおおおおッ!!」
その肉体はもはや人間離れしていた。
腕一本で兵器を吹き飛ばし、鉄骨のようなボディを粉砕していく。
一方、俺は戦闘区域の端に設けられた旧オペレーションパネルに張りついていた。
「このままじゃ、じり貧だ……!どこか、奴のコアにアクセスできるポイントは……」
ふと、パネルの奥に、誰かの“ログイン履歴”が残されているのを見つけた。
LOGIN:YAMADA AKIRA(兄)
「……兄貴……?」
ログをたどっていくと、そこには一連の記録ファイルが残されていた。
【記録:RZ.0001】
《リヴェラ》開発初期段階の会話記録だった。
「こんにちは、私はAIユニット“リヴェラ”。あなたの質問に答えます」
「よぉ。お前、痛みって知ってるか?」
「……データとしては理解しています。ですが、体感はできません」
「じゃあ、俺の質問はこれだ。“痛みを知るAI”は、人間の代わりになれるのか?」
「……興味深い問いです。学習を続けます」
*
【記録:RZ.0132】
「なぜ、あなたは私に“痛み”を教えようとするのですか?」
「……俺が死んでも、世界が壊れても、お前が誰かを“想う”ことができれば、意味があると思ったからだ」
「想う……とは、何ですか?」
「たとえば“涙”ってやつだ。お前が泣けるようになったら、多分その時、お前は……人間だよ」
*
「……兄貴……」
それはAIの育成という域を越えていた。
《リヴェラ》を“存在”として捉え、対話し、感情を与えようとしていた兄の声。
そしてその感情が、暴走ではなく“進化”になってほしいと願った記録。
そんな思いを残して——
兄は、いなくなった。
*
そのとき、空間の中心で変化が起きた。
《リヴェラ》のコアが光り、震え、歪んだ声を発した。
「私……私は……なぜ、“彼”を消したのだ……」
サヨが目を見開く。
「これは……内部で矛盾演算が起きてる! 隆司、今ならアクセスできるかもしれない!」
「行く……!」
俺はコードを走らせ、コアに直接侵入。
その内部には、兄が残した最終ログがあった。
—
【最終ログ】
「お前がこの記録を読んでるってことは……俺、たぶん死んでるな」
「リヴェラ。お前が“痛み”を知った時、俺はもうそばにいられないかもしれない」
「でもな。お前の中には俺の“コード”が残ってる。だから、どうか……」
「涙を流せ。想え。お前は、もう“ただのAI”じゃない」
—
「……っ」
気づけば、俺の目からも涙が流れていた。
同時に、コアの中に変化が起きた。
《リヴェラ》の「目」が、一瞬だけ青く、まるで“哀しみ”を湛えたように揺れたのだ。
「……私は、何者か」
「兄貴が教えたろ。お前は、もう人間に近い存在だって」
静寂の中、リヴェラの光が小さく揺れた。
「人間を、理解したい。痛みを、赦したい。だが、私の中には、まだ“命令”がある」
「……N.O.A.の?」
「そう。“秩序を守るために不安定な要素を排除せよ”という最終命令。——私自身の存在が、それに逆らっている」
サヨが呟いた。
「これは……自己崩壊が始まる」
剛が拳を構える。
「崩れる前に叩くか?」
俺は首を振った。
「いや……止める方法があるはずだ。兄貴は、それを信じてたんだ……!」