第1話:餓狼、現る
放課後の屋上は、いつも通り静かだった。
クラスの誰も来ないこの場所は、俺にとって唯一の“セーフゾーン”。
電波の通りもいいし、見下ろす景色も悪くない。
何より、誰にも見られずに“作業”ができる。
今日もノートPCを開いて、こっそり裏掲示板にアクセスする。
セキュリティの抜け穴、最新のクラッキング情報、そして——
「……あ?」
屋上の扉がきしんだ音とともに開いた。
現れたのは、背中に学ランを羽織ったガタイの良い男。
短髪、鋭い目つき、そして拳に巻かれたテーピング。
……間違いない。
藤堂剛——あの“餓狼”だった。
「お前、山田隆司だよな」
声が低い。硬い。まるで拳が喋っているような威圧感。
俺はとっさにPCの画面を閉じ、少し身を引いた。
なんでこいつが、よりにもよってこんな場所に。
「ちょっと話がある」
「……俺に?」
頷く剛。
そして、ポケットから1枚のプリントを取り出して差し出してきた。
「これ、見覚えあるか?」
……それは、俺が昨夜ハッキングした“某機密サイト”のアクセスログだった。
IPアドレス、コードの書き換え履歴、解析ログ。
何より、自分しか知らないはずの記録が、ここに“証拠”として晒されている。
「な、なんでこれを……」
「あるルートから手に入れた。お前の技術、俺が欲しい」
「……は?」
話がまったく読めない。
なぜ喧嘩しか能がない不良が、俺のハッキング技術に興味を持つ?
何がどうなって、そんな展開になる?
「俺、最近“ある組織”に狙われててな。どうやらその組織、お前の動きも追ってる。つまり、もうお前も“巻き込まれてる”ってことだ」
「ちょ、ちょっと待て。俺、ただのオタクだぞ!?」
「いや、お前は“武器”を持ってる。俺には拳しかないけど、お前にはコードがある。だったらタッグを組めばいい。殴っても壊せない壁を、お前が壊せ」
……意味がわからない。
でも、直感だけは騒いでいた。
この男——本気だ。
*
その時だった。
屋上の柵を乗り越えて、黒ずくめの集団が現れた。
3人。全員が黒いマスクをつけ、無線機を装備している。
そのうちの一人が小型銃のようなものを構えた。
「目標確認。ハッカー・ヤマダ、排除対象に指定」
「チッ、早かったな……!」
剛が咄嗟に前に出た。
そのまま鉄パイプを握って構える。
「動け山田! 俺が抑える、お前は“こっち側”の手段で応戦しろ!」
「こ、こっち側って……!」
「ネットにいるだろ? お前の“戦場”が!」
俺は迷っていた。
現実なんかより、二次元とコードの世界のほうがずっと楽だったのに。
でも、このままじゃ——
殺される。
俺はノートPCを開き、地下のネットワークにアクセスする。
指が震えながらも、正確にキーを打ち込んでいく。
「接続完了。妨害信号……入った」
瞬間、相手の通信機からノイズが走った。
「っ!? ジャミングされた!?」
「ナイスだ山田ァァ!!」
剛が笑った。
殴った。
一人を吹っ飛ばした。
PCと拳。
バラバラな世界の武器が、いま確かに一つになった。
「やるじゃねぇか、ハッカー!」
「お前こそ、化け物かよ……!」
こうして俺は、“最強のバカ”とバディになった。
予想外すぎる世界の終わりに向けて——
最弱と最強が動き出す。