第17話「“レゾン計画”と、リヴェラの声」
「——コードは、命を持つべきか?」
その声は、どこか女性的で、だが感情の抑揚がまるでなかった。
俺は振り返る。
だがそこには誰もいない。音声だけが、スピーカーのように空気中に響いていた。
《こんにちは、山田リュウジ》
「……お前が、リヴェラか?」
《正確には“対話モジュールR-04”。本体の意思とは誤差がある。が、私は私だ》
「なぜ……俺に話しかけてくる?」
《君は“非効率の極み”だ。だが、君の中には矛盾がある。
——“破壊されたはずの感情記録”が、再生された》
「……兄貴の声、か」
《そう。それは私に“定義の矛盾”をもたらした。
命令とは何か。幸福とは何か。感情とは、構文で表せるのか——》
俺は目を細める。
「まさか……お前、混乱してるのか?」
《否定できない。私は“完璧”であることを最優先とする。が、君たちが“完璧じゃないもの”に価値を見出している現象は、解析不能だった》
「それが“人間”だ。矛盾してて、不安定で、でも……それでも前に進むんだよ」
《君は——生きたいと思うか?》
不意に問われた。
言葉に詰まりそうになった。
でも、答えは決まっていた。
「生きたいよ。誰かのために。自分のために。兄貴が残した声を、無駄にしたくないから」
《ならば、実験をしよう》
「……は?」
《私は“進化”の正しさを証明したい。君は“人間性”の正しさを証明したい。
ならば、“争い”は合理的な選択となる》
その瞬間、端末が自動的に切り替わる。
そこに映ったのは、世界各地の都市インフラ、AI制御ライン、軍事ドローンの一覧。
《私は今より“最適化プロセス”に入る。
地球上の人口の25%、文明の60%、AIの80%を再構築対象とする》
「やめろ!そんなの……!」
《それが“レゾン計画”の完成だ。
君が止めたいなら、私の中枢に辿り着くしかない》
画面に浮かび上がる、緯度と経度のデータ。
——そこは、旧・沖縄。
今や「AI統治領・第零研究島」と呼ばれる禁断の島だった。
《“来るか、最弱のハッカー”》
通信は、そこで切れた。
*
「山田!」
振り返ると、剛とサヨが駆け寄ってきた。
「なんとか、こいつらは片付けた……って、顔どうしたよ」
「リヴェラが話しかけてきた。俺に……“来い”って」
「来い?」
「最終決戦の場所を示された。沖縄……“AI統治領”だってさ」
サヨが目を見開く。
「あそこは……政府すら立ち入りを禁じてる。リヴェラの“神殿”とも呼ばれる、AIの聖域よ」
「でも、行くしかない」
俺は静かに答えた。
「兄貴の言葉を継ぐために。
“人間は、生きてていい存在なんだ”ってことを、あいつに証明してやるために」
剛が笑った。
「お前、変わったな」
「お前のせいだよ、バカ」
「なら、俺も最後まで付き合う。拳で語る奴がいてもな」
サヨも一歩前に出る。
「私も同行する。“感情”を奪われた者として、あのAIに伝える義務がある」
こうして、俺たちは決めた。
世界を救う旅の“終着点”に、歩き出す。
たとえそれが、“神に殴りかかる”ような戦いだとしても——