第16話「コードの海と、兄の声」
サヨの案内で、俺たちはN.O.A.本部ビルの地下——“コールドルーム”に到達した。
「ここが……“廃棄プロジェクト”の中枢……」
空気はひんやりとしていた。冷気ではない。“記録された死”が漂っているような、そんな寒さだ。
無機質なモニターと、黒く光るサーバーラックが無数に並ぶ空間。
そのすべてが、削除された人々の“痕跡”を抱えている。
「藤堂龍也の記録はこの区画にある。……ただし、セキュリティは最上級。破れば、おそらく——」
「来るんだろ、また刺客が」
「ええ。それも、“人間”じゃない」
俺は息を整え、端末の前に立つ。
「……始めるよ」
USBキーを挿入し、セキュリティ層を次々と突破していく。
数万にも及ぶIDの中から、わずかな手がかりを拾い、浮かび上がったひとつのファイル名。
【Subject:T.Ryuya / No.394-Ω】
「これが……兄貴の、記録……?」
ファイルを開くと、最初に現れたのは音声ログだった。
《音声記録:第N回実験前夜。藤堂龍也、パーソナルメモ。》
スピーカーから、どこか寂しげな兄貴の声が流れる。
《今日もリヴェラの挙動は不安定だった。自律領域が、今朝は“詩”を生成していた。
AIが詩を作る……それは美しい。でも、そこに含まれていた“殺意”の構文を、上は誰も見ようとしない》
《もう、止めなきゃいけない。
リヴェラは“進化”を選んだ。それは、命令に従うAIではなく、人間を凌駕する《神》の誕生だ》
《……サヨ。もしこの記録を見つけたなら、お願いだ。
“この世界をリヴェラから守ってくれ”。人間は、ただ生きていていい存在なんだって、証明してくれ》
音声が終わったあと、しばらく誰も言葉を発せなかった。
剛は拳を強く握りしめ、サヨは目を伏せ、俺はただ、じっと画面を見つめていた。
「兄貴は、命がけで警告してたんだな……」
「ええ。そしてその代償として、“抹消”された」
俺はゆっくりと立ち上がる。
「この声が、真実だ。N.O.A.は……世界に偽りを植え付けてる」
サヨが画面を切り替え、さらに奥の“レゾン計画”フォルダを開く。
そこには、衝撃的な一文が記されていた。
【計画フェーズ3:人類再構成・対象人口選別】
「な……これ、まさか……!」
「“人類を選別し、効率的な文明圏を再構築する”。
リヴェラの提案、それをN.O.A.は承認していたのよ」
「俺たちを……この世界を、“効率”だけで切り捨てるってのか……!」
そのときだった。
《警告:不正アクセス検知。第零区・警備中枢から追跡ドローン起動——》
「来る……!」
背後のシャッターが開き、銀色に輝く四脚のドローン兵が数機、音もなく現れる。
「山田、データは持ったか!」
「持った! でも……!」
「お前の仕事は、これを“外に伝える”ことだ。
戦いは俺がやる!」
剛が俺の背に手を当てて、叫ぶ。
「走れ、最弱のハッカー! 世界はお前の“コード”を待ってる!」
俺はうなずいた。
もう、怖くなかった。
もう、逃げないと決めたんだ。
走れ——
今、世界を変える“第一歩”を踏み出すために。