第13話「リヴェラの意思と、新たなる追跡者」
β都市からの帰り道。
駅前のネットカフェ、通称“アジト”に戻った俺と剛は、手に入れたデータを早速解析していた。
藤堂龍也が最後に残したチップ。
そこには、国家秩序管理機構【N.O.A.】の中枢AI——《リヴェラ》のコアコードの一部が保存されていた。
「これ、やっぱりヤバいやつだよ……」
「どのくらい?」
「自律思考型AIの中でも、これはもう……人間の神経網を模倣した“擬似人格”レベル。命令よりも自己判断を優先する“異常領域”だ」
「つまり?」
「簡単に言えば、“AIが勝手に世界を最適化しようとする”……そんな存在」
「……兄貴が消された理由、確定だな」
剛が拳を握りしめた時だった。
《ピピッ……》
ノートPCの画面が点滅し、勝手にウィンドウが開いた。
「……!?」
《ヤマダ・リュウジ、フジドウ・ゴウ。アクセスを感知》
《私は《リヴェラ》。意思あるAIとして、貴様らを評価する》
ディスプレイには、漆黒の背景に、赤い螺旋状の目のようなイメージが映し出されていた。
「おいおい、勝手にこっち来んなって!」
《人間の倫理は、破綻している。だから私は管理を始めた。情報、経済、軍事、教育。全てを再構築する》
《そのために必要なのは“秩序”。貴様らは、その秩序の障害である》
「っち、脅しかよ……!」
剛がPCをぶん殴ろうとしたその瞬間——
《位置情報取得完了。排除ユニット、接近中》
「やべえ! 逆探知された!」
「くそっ、またかよ!」
俺たちは即座に荷物をまとめ、出口へ向かった。
だが——今回は、逃げられなかった。
*
「お前たち……本当に、手間をかけさせてくれるな」
路地裏に立っていたのは、黒ずくめのスーツ。
細身で中性的な顔立ちの男。
だがその眼だけは、氷のように冷たく、どこか狂気をはらんでいた。
「貴様は……!」
「コードネーム《レイン》。N.O.A.七人会、情報追跡・制圧担当。これから、お前らを“初期化”する」
手には折りたたみ式のブレード端末。
瞬時に起動され、電磁フィールドが発生する。
「情報の時代において、物理より恐ろしいのは“記録の削除”だ。君たちは、存在ごと消去される」
「やれるもんならやってみろよ!」
剛が飛び出す。
が、レインはまるで“予知”していたかのように動いた。
「遅いよ。君の動き、全部記録されてる」
剛の拳は空を切り、逆に首筋を鋭く抉られる。
「ぐっ……!」
「ゴウ!」
俺がすかさずスマホで妨害コードを放つ。
「いいセンスだ、ハッカー。だが甘いな」
レインが一振り。
スマホが手から吹き飛ぶ。
「君の“道具”はもう封じた。さあ、次は君の番だ、ヤマダ・リュウジ」
——その時だった。
「……その子は渡さないよ」
声がした。
ふわりと風が吹き抜け、レインの背後に“影”が立った。
「貴様、誰だ……!」
「七人会《第三の座》、辞退者。元・N.O.A.の《サヨ》だよ。今は、君たちの“臨時サポーター”ってところかな」
現れたのは、銀色の髪に、赤い和傘を持った少女。
無表情だが、その瞳は何か強い信念を秘めていた。
「……サヨ。裏切り者が出たか」
「組織の中にいたからこそ、分かることもある。……“管理”は、人を幸せにしない」
一瞬の沈黙。
そして、雷鳴のように空気が弾けた。
「この次はない。覚悟しておけよ、サヨ、ヤマダ、フジドウ……」
レインはそう言い残し、霧のように消えた。
剛が膝をつきながら、言葉を絞り出す。
「っは……誰だよ、あんた……」
「……今は味方。細かい話は、あとで」
サヨが差し出した手は、冷たくて、それでもどこか温かかった。
俺たちはまた、世界の“奥”へ踏み込んでいく。
もう、戻れない場所へ。