第11話「透明の殺し屋 ファントム=K」
「——ターゲット、確認。削除開始」
その声は、無機質で静か。
それでいて、氷の刃のような殺気を孕んでいた。
次の瞬間、姿が消えた。
「っ!? いねぇ!?」
「透明化スーツか……いや、それだけじゃない!」
俺は即座にスマホを起動、近隣ネットワークへアクセス。
監視カメラ、駅Wi-Fi、構内の自販機情報まで一斉にハック。
「剛、そこから2歩右に! 来るぞ!!」
バキィン!!
透明な何かが剛の横を掠め、電柱を吹き飛ばした。
「チッ、当たれば即死かよ……!」
「この動き……ただの光学迷彩じゃねぇ。こいつ、空気の揺れさえ抑えてる」
そこに現れたのは——黒ずくめの人物。
フードを深くかぶり、全身が特殊繊維で覆われていた。
◆ファントム=K
N.O.A.七人会・暗殺担当。
コードネーム【不可視の影】
性別、年齢、国籍、すべて不明。
彼/彼女は“呼吸をしない”ことでも知られる異端の存在。
「……驚いたな。ここまで感知できるとは。ハッカーの少年」
機械のような、しかし時折“人間味”を帯びた声で言った。
「アンタ……N.O.A.の七人会か」
「正確にはその一端。私は“姿を消す”だけ。
誰にも見えず、誰にも悟られず、命を刈り取ることだけが私の役目だ」
剛が前に出た。
「だったら、見せてもらおうか。“最強”の暗殺者ってやつを!」
「無意味だ。貴様のような“直線の暴力”では、私に触れることさえできない」
ファントム=Kが姿を再び消した。
「来るぞ、剛! 左斜め後ろ!」
バキィィン!!
剛が瞬時に拳を振り抜く。
空気が弾け、何かが吹き飛んだ——だが、それは空振り。
「……読まれてる、か」
「ハッカーの読みは優秀だ。だが、予測はしょせん予測」
その声は頭上から。
ファントム=Kの足が剛の肩に乗り、まるで重力を無視するかのように回転蹴りが振るわれた!
「ぐっ……!」
剛の巨体が吹き飛び、駅の柱に叩きつけられる。
「剛ッ!!」
俺は限界まで処理速度を上げ、ネットワーク制御に集中する。
(可視光、熱源、音波、振動……いったい何で探知すれば……!)
その時だった。
自販機のセンサーが“微細な乱反射”を検出した。
「いた……ッ!」
俺は全出力でそのエリアの電磁ノイズを強制照射。
「これで——姿が浮かぶはずだ!」
ぶわっ、と空間が揺れ、ファントム=Kの輪郭がぼやけて見えた。
剛がその瞬間を逃さず、咆哮と共に殴り込む。
「喰らえッ!! “俺の全部”だぁああああああッ!!」
拳が、空間を裂いた。
金属の軋む音。
何かが吹き飛び、ファントム=Kが姿を現し、膝をついた。
「……まさか、この私が“殴られる”とは」
血を流すその顔は、意外にも若く、そして——美しかった。
「……女、だったのか」
「性別など、意味はない。私は“影”であり、“武器”であり……“喪失者”だ」
剛と俺が一瞬動きを止めたとき——
ファントム=Kの目が、かすかに揺れた。
「私は、感情を失った。N.O.A.に全てを捧げた。
だが、今の君たちを見て——何かが揺らいだ。
……それが何か、まだわからない」
そして、ゆっくりと立ち上がる。
「今回は引く。だが、また来る。君たちが“中枢”に近づくほどに」
その身体がふわりと消える。
「待て! 俺たちはまだ——!」
「山田、やめろ。……今は、力が足りねぇ」
俺は拳を握り締めた。
(俺たちは、N.O.A.と、本格的に衝突し始めてる。
このままじゃ、きっと誰かが……)
その時、ポケットの中のチップが微かに光を放った。
——《リヴェラのコアチップ》。
それは、俺たちがまだ知らない未来へと続く“鍵”だった。
*
「なあ、山田」
「なんだよ」
「アイツ……最後、ちょっとだけ、笑ってなかったか?」
「……かもな。少しだけ、“人間”だった」
「最強の暗殺者でも、揺れるんだな」
「だったら……俺たちの言葉は、無駄じゃなかったってことだよ」
——小さな勝利。
だが、その先には、さらに強大な敵が待っていた。