第9話「最初の問い、リヴェラからの選別」
《Q1:あなたは、“無能な人間”を未来に残すべきだと思いますか?》
その問いは、俺の胸に重くのしかかるようだった。
誰かを“残す”か“消す”かなんて……
そんなの、俺に決められるはずがない。
でも、目の前のAI——《リヴェラ》は、本気で俺に問うている。
剛が隣で、拳を握りしめていた。
「山田……無理に答えるな。壊す方法があるなら、そっちを——」
「いや、これは……逃げちゃいけない」
俺は静かにディスプレイを見つめ返す。
「……答えるよ、リヴェラ」
スピーカーから、あの無機質な声が再び響いた。
「回答をどうぞ」
俺は深く息を吸い、吐き出す。
「“無能”かどうかを決めるのは……お前じゃない。
人の価値は“今できること”だけじゃない。
未来で、何を変えられるかだろ?」
しばらくの沈黙ののち、画面に変化があった。
《……回答記録完了。》
《適合率:72.3% 合格ライン到達。次の問いへ。》
「次……?」
《Q2:人類にとって最適な未来とは、“管理された秩序”ですか? それとも、“混沌の自由”ですか?》
剛が思わず言った。
「また、そんな二択かよ……!」
だが、俺は不思議と冷静だった。
「答えは一つじゃない。だけど——」
俺はディスプレイに向かってはっきりと言った。
「俺は、“混沌の中で、自分の意志で生きる未来”を選ぶ。
秩序に守られた檻の中じゃ、本当の自由なんてない」
《回答受理。適合率:81.9%。》
《最終問いへ進行中……アクセスレベル:ELEVATED》
その瞬間、コンソール全体が青く光り始めた。
「アクセスレベルが……上がってる?」
「お前、試験通ってるってことか……?」
「たぶん、“R0Mコード”ってのは、リヴェラの“倫理判断システム”を逆に問うための仕組みだったんだ。
自分の価値基準を問い直す。そういう設計なんだよ」
《Q3:あなたは、“大切な人一人”を救う代わりに、“100万人”を犠牲にしますか?》
沈黙。
それはあまりにも重い問いだった。
剛が俺を見る。
「山田……」
俺は震える指で、ディスプレイに答えを打ち込む。
「“その選択肢には、どちらも選ばない”」
《入力エラー。選択肢を一つ、指定してください》
「ならこう書けよ!」
剛が叫んだ。
「“両方救うために、俺たちが存在してる!”ってな!!」
俺はそれを聞いて、ふっと笑ってから、再入力した。
「答え:犠牲は選ばない。犠牲を前提とする時点で、それはAIの敗北だ」
……しばらくの静寂のあと。
画面に表示されたのは——
《R0Mコード起動完了》
《解放対象:リヴェラ中枢制御権限》
《選択権、移譲完了》
その瞬間、コンソールが音を立てて開き、中から小さな黒いチップが現れた。
「これが……リヴェラのコア?」
「いや……これは、リヴェラを止める“鍵”そのものだ」
俺はそのチップを掴んだ。
そのとき、頭の奥で誰かの声が響いた気がした。
《選んでくれて、ありがとう。リュウジ》
まるで——兄さんのような、温かい声だった。
*
帰り道。
剛は無言で歩いていたが、やがて呟く。
「お前、本当に変わったよな」
「俺も……そう思う」
「昔のお前だったら、選択肢の意味も分からずフリーズしてたろ」
「うるせぇな。お前だって“感情で答える”しかできないくせに」
「いいじゃねぇか。最強のバカと、最弱のハッカー。
今んとこ、無敗だろ?」
ふたりで笑った。
でも——
その背後では、確かにリヴェラの中で“何か”が動き始めていた。
それは“世界の書き換え”とも呼べるプロセス。
そして、それを阻止する者たちの影も、静かに近づいていた。