95:秘められた家族のフラグ
【アスガンド国王:ウォーガン視点】
――甲高い汽笛が、王都の空を震わせた。
魔道列車がゆっくりと動き出し、やがて石畳を離れ、王都を遠ざかっていく。
ソーマたちの姿が、次第に小さくなっていった。
広場に集った人々の歓声も、拍手も、少しずつ遠のいていく。
その音が途切れた時、私は深く息を吐き、胸に重くのしかかる何かを押し下げるように呟いた。
「……行ったか」
安堵と寂寥。
その二つが入り混じった声が、ひどく老け込んで聞こえた。
――その背後に、低い声が届く。
「……見送りは済んだか、兄上」
振り返る。
そこに立っていたのは、煤と鉄の匂いを纏った大柄な男――ゼルガン。
無骨な体躯。
鍛冶師の衣を着こなし、眉間に深い皺を寄せたその姿。
だが、その眼光は炎のように鋭く、ただの職人ではない覇気を纏っていた。
「ゼルガン……」
その名を呼んだ瞬間、胸の奥がざわついた。
弟を見つめる視線は、王としてのものではなく、ただの兄としてのものだった。
――私たちは、兄弟だ。
だが、選んだ道は違った。
私は王座を背負い、ゼルガンは鍛冶師として勇者と共に歩んだ。
その分かれ道の意味を、私はずっと直視できずにいた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
やがて二人は、王城の奥にある鍛冶場へと足を運んだ。
政務の匂いとは違う、鉄と火の世界。
私にとっては遠い昔の記憶が甦る場所。
炉の熱気が肌を焼き、赤々と燃える鉄床の前に立つと、胸の奥で眠っていたものが微かに疼いた。
作業台の上に置かれた一枚のメモに、目を留める。
そこには、複雑な線で描かれた図面――拳銃の機構。
ゼルガンはそれを手に取り、口元を歪めて笑った。
「……この文字でわかった。この仕組み……流石は兄上だな。これを思いつくだけでも並大抵じゃない」
私はわずかに視線を逸らす。
「……一度で壊れた失敗作だ。大したものではない」
「いや、違うな」
ゼルガンは揺るがぬ声で言い切った。
「誰も形にできなかったものを、形にした。未完成でも――それは足跡になる。ソーマの装備を完成させるための」
その言葉に、胸の奥が熱くなる。
だが、同時に苦い後悔が蘇った。
「……私は、ずっと間違えてきた」
無意識に呟いていた。
ゼルガンが目を細め、静かに聞き入る。
「……ソフィーの結婚を、あの時、認めていれば……。あの子の笑顔を、最後まで守れたかもしれぬのに。私は、ずっと……後悔している」
その言葉は、王としてのものではなかった。
一人の兄として、父として、ただのドワーフとしての弱音だった。
しばしの沈黙。
やがてゼルガンが口を開いた。
「ソフィーは……確かに亡くなった」
「……っ」
胸が抉られる。
だが続く言葉は、私の呼吸を止めた。
「だが、ソフィーには子供がいた」
「――な、に?」
目を見開き、声が震えた。
ゼルガンは淡々と、しかしどこか柔らかさを含ませて告げる。
「その子は今も生きている。元気に、力強く」
心臓が跳ね上がる。
言葉が出ない。
ただ呆然と弟を見つめるしかなかった。
「……どういうことだ。なぜ、私に黙っていた」
私の問いかけに、ゼルガンは視線を逸らさず返した。
「言うつもりはなかった。だが、今の兄上なら少しは話せると思った。……ただし、全部を知りたいなら条件がある」
「条件……?」
ゼルガンは鉄槌を肩に担ぎ、微かに笑った。
「ソーマたちの新装備を、一緒に作ってくれ」
思わず、息を呑んだ。
国王である私が、鍛冶場に立つだと――
だが、心の奥で確かに何かが震えた。
忘れていた鉄の感触。
遠い少年の日々に置き去りにしてきた、あの時間。
「……私に、まだ叩けるだろうか」
思わず本音が漏れる。
ゼルガンは力強く頷いた。
「叩けるさ。兄上ならな」
私は息を吸い込み、静かに吐き出す。
そして、決意を込めて頷いた。
「……分かった。ソーマたちの装備、私も共に作ろう」
ゼルガンの表情に、初めて安堵と喜びが混じった笑みが浮かんだ。
彼は手にした鉄槌を差し出す。
「なら、まずはこいつを握れ。王の冠よりも似合うはずだ」
私は震える手で槌を受け取った。
ずしりとした重みが掌に食い込み、記憶が蘇る。
父と並び、汗を流し、鉄を打った日々。
炎と金床の音に包まれて過ごした、少年時代。
「……懐かしいな」
ゼルガンは大きく笑った。
「なぁに、勘なんてすぐ戻る。兄弟で槌を振れば、あの頃みたいにな」
炎がゆらめき、鉄床が響く。
忘れかけていた熱が、再び胸に宿る。
――こうして王と鍛冶師ではなく、兄と弟として並び立つ日が、再び訪れたのだった。
これにて第5章完結!
第5章も無事に毎日投稿する事が出来ました。
書く前はどうしよう全く話思いつかないわと思っていましたがドラゴニカを思いついた瞬間止まらなくなりました。
まぁその辺の感想も含めて近況報告で書かせて頂きます。
物語はこのまま第6章へと移ります。
第6章も毎日更新目指して書き続けます。
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