94:帰還と語られなかったフラグ
――荘厳な城門が視界に迫る。
王都アスガンド。
戦いを終え、ようやく帰還を果たしたソーマたちは、夕暮れに染まる壮麗な城郭を仰ぎ見ていた。
「ふぅ……やっと、帰ってきたんだな」
ソーマが小さく呟く。
その声には安堵が混じりながらも、わずかな緊張が残っていた。
クリスは瞳を潤ませ、胸元を押さえながら呟く。
「帰って……来られましたね……」
ジョッシュは大きく息を吸い込み、豪快に笑い飛ばした。
「うおお! 久々の王都だぜ! 風呂と肉が俺を待ってるな!」
その明るさに、仲間たちの頬が自然と緩む。
エルーナも小さく笑い、頷いた。
「ジョッシュ……本当にあなたは、変わらないわね」
ゼルガンは寡黙に歩みを進めるだけだったが、その横顔には、長き戦いを生き延びた者の確かな達成感と、次なる決意が宿っていた。
――そして一行は、城内奥深くへと通される。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
重厚な扉が軋む音を立てて開かれ、豪奢な玉座の間が広がる。
高い天井から吊り下げられた燭台が黄金の光を放ち、大理石の床に光の道を描き出していた。
その中央、王国アスガンドの王――ウォーガンが、静かにソーマたちを迎えていた。
威厳に満ちた姿は圧倒的でありながら、どこか柔らかさを孕んでいる。
「ソーマ・フラハ。並びに仲間たちよ――よくぞ帰還した」
低くも朗々とした声が玉座の間に響き渡る。
ソーマはすぐに膝をつき、深く頭を垂れた。
「ダンジョン化した鉱山にて、ドワーフの兵士の皆さんの助力を得て、我らは最奥部の異形のゴーレムを討伐し、そのコアを破壊しました。これにより、ダンジョン化は解除され、鉱山は正常に戻っております」
報告を終えた瞬間、謁見の間に一瞬の沈黙が流れる。
緊張が空気を張り詰めさせる。
やがて国王は、ゆっくりと立ち上がった。
厳めしい表情をしていたその顔が、ふいに和らぐ。
「……まずは、これまでの無礼を詫びよう」
「――え?」
ソーマが顔を上げる。
次の瞬間、王はゆっくりと深々と頭を垂れた。
玉座に座るべき者が――若き冒険者たちに。
「私は愚弟に連れてこられたお前たちを疑い、試し、時に粗野な扱いすらした。だがそれは、すべて杞憂だった。お前たちと……そして、我が弟ゼルガンの働きによって鉱山は救われ、国も救われた。……礼を言わせてくれ」
その瞬間、ソーマの胸に熱いものが込み上げる。
自分たちの努力が認められた――ただそれだけのことが、こんなにも心を震わせるとは。
背後では、クリスとエルーナが目元を押さえていた。
ジョッシュですら神妙に頭を下げ、ゼルガンはほんの僅かだが視線を逸らしていた。
「……もったいないお言葉です」
ソーマは必死に感情を押し殺し、ただそう答えた。
王は頷き、穏やかに告げる。
「アスヴァルから依頼されている魔石の採掘には、なお数日を要する。お前たちはその間、存分に休息するといい。国を救った勇者たちには、休む権利がある」
ソーマは深く頭を下げる。
「はっ……感謝いたします」
――こうして謁見は終わった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
数日後――
王都での束の間の休養は、仲間たちの心を癒やした。
久方ぶりに温かな料理を囲み、安らぎの寝床で休む日々。
笑い声が戻り、彼らはほんの一時、戦いの重圧を忘れていた。
やがて、ついに魔石が王城に届けられた。
帰国の準備が整い始めた頃、ゼルガンがソーマを呼び止める。
「ソーマ。……俺はしばらくこの国に残る」
「……残る?」
「ああ。お前の新しい装備を完成させる。それと、クリスの世界樹の杖もな。ここには腕の立つ鍛冶師も多い。素材も豊富だ。今のうちに仕上げるのが最善だろう」
ソーマは言葉を失った。
ゼルガンの存在なくして、今回の旅は決して乗り越えられなかっただろう。
だが、その決意の強さを前に、彼は頷かざるを得なかった。
「……分かりました。でも……必ず帰ってきてください」
ゼルガンはわずかに笑みを浮かべる。
「心配するな。一カ月も待たせない」
そう言って彼は一本の剣を差し出した。
重厚でありながら、手にした瞬間に驚くほど馴染む剣。
「それと、これを持って行け。仮の剣だが、お前の相棒になるだろう」
ソーマは両手で受け取り、強く頷く。
「ありがとうございます……!」
だが、その時。
ゼルガンの表情がふと硬くなった。
「ソーマ……俺には、まだ語っていない過去がある」
「……え?」
「お前には、知る権利がある。だが――俺の判断だけでは話せない」
その言葉の重みが、ソーマの心に深く沈んでいく。
さらに問おうとしたが、ゼルガンは首を横に振った。
「時が来れば分かるさ。それまでは……力を蓄えておけ」
ソーマは喉が詰まり、何も言えなかった。
ただ、強く頷くだけだった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
そして、出発の日。
魔道列車に乗り込むソーマたちを、ゼルガンと鍛冶師たちが見送る。
仲間たちはそれぞれ窓辺に立ち、去りゆく光景を胸に焼き付けた。
窓の外、ゼルガンが無言で手を上げる。
その姿を見つめながら、ソーマは心に誓った。
――必ず、この人に負けない冒険者になる。
――そして、いつか彼が語らなかった過去を受け止められる強さを手に入れる。
汽笛が鳴り響き、列車はゆっくりと動き出す。
新たな旅立ちが、今、始まった。
ホント今章はゼルガンさんにソーマも作者も助けられました。
ソーマ達だけだと苦戦しまくり話を作るのに苦労したと思います。
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