89:合体するフラグ
ダンジョン化した鉱山の内部は、終始薄暗い鉱石の光に照らされ、どこか現実味を欠いた迷宮のように広がっていた。
無機質な石壁が延々と続き、時折、地面に転がる金属片が靴底に音を立てる。
「ふぅ……随分進んできたな」
ジョッシュが肩で息をしながら、炎を帯びたバットを軽く担ぎ直す。
しかし、その顔に疲労の色はほとんどない。
それも当然だった。
前衛の最強盾――ゼルガンがいるからだ。
巨大な大盾と大剣を兼ねたその武器は、通路を埋め尽くすゴーレムを粉砕し続け、進軍の道を切り開いていた。
「……やっぱりすごいな」
ソーマは小さく漏らす。
「そうね。あの人がいると、本当に心強いわ」
エルーナが軽く笑って応じる。
だがソーマの胸には、別のざらついた不安がこびりついていた。
先ほど遭遇したゴーレムの変形――人型から獣型へと姿を変えたあの異様さ。
あれは偶然の産物ではない。
(……誰かが意図している。進化じゃない、設計だ……)
胸の奥に冷たい予感が根を張る。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
休憩をはさみながら進んだ一行は、やがて奥から吹き抜ける風を感じた。
坑道の最奥――そこは他の通路よりも広大で、天井すら見えぬほど高い大広間のような空間だった。
その中心に――いた。
小柄な人影。
十歳にも満たない幼い子供が、背を向けて五体の獣型ゴーレムを弄っている。
「……子供?」
ソーマが思わず呟く。
あまりに不釣り合いな光景。
獰猛な獣の姿をしたゴーレムたちを、まるでおもちゃを整備するように弄ぶ、小さな背中。
ソーマは一歩前へ出た。
「君は……何をしているんだ?」
子供がゆっくりと振り向き、無邪気に笑った。
「遊んでるだけだよ」
場の空気が張り詰める。
「遊び……?」
クリスが信じられないというように声を漏らす。
だが次の瞬間、子供は楽しげに叫んだ。
「それじゃ――遊び相手になってよ! いっけぇ、アルファ! ベータ! ガンマ! デルタ! イプシロン!」
五体の獣型ゴーレムが一斉に赤い光を灯し、獣の咆哮をあげて地を蹴った。
「来るぞッ!」
ゼルガンが盾を構え、最前線に立つ。
最初の衝撃が広間を揺らした。
狼型の巨体が飛びかかり、ゼルガンの大盾と激突。
火花が散り、床石が砕ける。
「ぬおおおおっ!!」
ゼルガンの足が石床にめり込み、それでも一歩も退かない。
熊型が横から突進してくる。
「どけぇっ!」
ジョッシュが燃え上がるバットを横薙ぎに叩きつけた。
鈍い轟音、熊型が横転し、石片が飛び散る。
背後から虎型が跳びかかるが――
「させません!」
クリスが詠唱を終え、閃光の魔弾を撃ち込む。
虎型の肩部を貫き、動きが鈍る。
豹型が低く構えてエルーナへ突撃する。
「来ると思ったわ」
銃声。
乾いた轟音と共に鉱石の瞳が弾け飛んだ。
豹型が悲鳴のような軋みを上げて転倒する。
獅子型は咆哮を轟かせ、ソーマへ迫る。
「こいつは俺がッ!」
ソーマは剣を構え、渾身の力で装甲を裂く。
火花が散り、刃が僅かに食い込む。
一対一。
最初はそれぞれが一体を受け持つ形で戦闘が進んでいた。
だが五体の同時攻撃は圧倒的で、徐々に押され始める。
「ぐっ……ッ!」
ゼルガンの大盾が何度も叩かれ、火花と破片が飛び散る。
「遊びってレベルじゃねぇだろ、これぇ!」
ジョッシュが吠え、血管が浮かぶほどバットを振るい続ける。
「数の暴力が……これほどとは……!」
クリスが必死に防御魔法を重ねる。
エルーナの銃撃も追いつかない。
「ちっ……次から次へと!」
ソーマも歯を食いしばった。
(このままじゃジリ貧だ……!)
仲間たちの息遣い。火花と咆哮と銃声が交錯する中――ソーマは叫んだ。
「全員! 連携を取るんだ! 一対一じゃ押し負ける! 数で来るなら、俺たちも数で当たれ!」
「了解ッ!」
「任せろ!」
それぞれの動きが変わる。
ゼルガンが狼型を押し止め、その隙にジョッシュが側面からバットを叩き込む。
虎型が跳躍する瞬間、クリスが魔法の盾で動きを止め、そこへエルーナが銃弾を撃ち込む。
ソーマは仲間の援護に合わせて獅子型を押し込み、深く剣を突き立てた。
「――よし、互角に持ち込める!」
ソーマの目に光が宿る。
しかし同時に、胸中には冷たい影が過った。
(まずい……これは……この先に、もっと大きな仕掛けが……!)
子供の頃、日曜の朝に見た戦隊ものやロボットアニメ。
それが頭をよぎり、嫌な予感が背筋を走った。
ソーマは鋭く息を吐いた。
「全員! 狙いを一体に絞れ! 五体のままだと……嫌な予感がする!」
仲間たちが頷き、獅子型へ攻撃を集中する。
装甲が砕け、赤い光が揺らぎ始めた――その時。
子供の口元がにやりと歪んだ。
「へぇ……いい勘してるね、お兄さん」
不気味な沈黙の後――子供は両手を掲げて叫ぶ。
「なら――合体だぁ!! 僕の――ドラゴニカァァァァ!!」
轟音と共に、五体の獣型ゴーレムが赤い光を放ちながら動き出す。
体が軋みをあげ、パーツ同士が噛み合い、獣の形から腕や脚、胴体へと組み替わっていく。
鉄が噛み合う重低音。
光が奔り、広間全体が振動する。
やがてそこに現れたのは――一際巨大な人型ゴーレム。
「なっ……合体だと!?」
ソーマが絶句する。
子供は嬉しそうに跳ねて叫んだ。
「そうだよ! こいつの名前は――ドラゴニカ! 僕の最強ゴーレムなんだ!」
ドラゴニカが咆哮を轟かせる。
坑道全体が震え、石壁が崩れ落ちる。
「やべぇぞ……!」
ジョッシュがバットを構え直し、後退する。
「力が……桁違いに跳ね上がってます……!」
クリスの声が震える。
「全員、気を引き締めろ! ここからが本当の戦いだ!」
ゼルガンの眼光が鋭く光る。
ソーマは剣を強く握りしめた。
(やっぱり……これは前世で見た合体ロボだ。偶然じゃない……! この子は一体何者なんだ!?)
冷たい予感が背筋を駆け抜ける。
次の瞬間――ドラゴニカの巨腕が振り下ろされた。
「来るぞぉぉッ!!」
大地を揺るがす衝撃と共に、決戦が幕を開けた――
「みんな、アレをやるぞ…」
「アレ?」
「決まってるだろ!合体だああぁぁぁぁッ!!」
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