87:盾と剣と銃のフラグ
翌朝、王城の中庭にソーマたちは集まっていた。
冬の冷たい空気は鋭く肌を刺し、吐く息が白く広がる。
凍てつく空気の中、どこか張り詰めた静けさが漂っていた。
「……結局、国王陛下にはあれ以来会えませんでしたね」
クリスが呟いた声は、どこか寂しさを帯びていた。
ソーマもまた胸の奥に引っかかりを覚えていた。
初日の謁見以来、国王は一度も顔を見せなかった。
頼んだ任務を外部の冒険者に丸投げしたような形になったことに後ろめたさを感じているのか、それとも――自らの無力を認めたくなくて沈黙を選んだのか。
「……兄上なりの考えだろう」
ゼルガンが淡々と口を開いた。
「城を守り、民を守る。それが王の務めだ。俺たちと関われば余計に弱さをさらすことになる。会わなかったのは、そのためだ」
その声音は淡々としていたが、どこか苦さを含んでいた。
ジョッシュは腕を組み、唸るように言った。
「理解はできる。だがよ……割り切れるもんじゃねぇな。家族だろうに」
ゼルガンは答えず、ただ中庭の門を見据える。
彼の背中からは、王族としてではなく、一人の戦士としての重みが漂っていた。
ソーマはその空気を断ち切るように言った。
「……まあ、ゼルガンさんがそう言うなら、そういうことにしておこう。俺たちは俺たちの役目を果たそう」
そう言って気持ちを切り替える。
目的地は南の鉱山。
魔道列車で一日もかからない距離。
一行は駅に向かい、王城を後にした。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
石造りの重厚な魔道列車は、鈍く輝く魔法陣を刻まれた車輪を唸らせ、地鳴りのような轟音と共に走り出した。
「わぁぁ……! すごい!」
エルーナが窓に張りつき、目を輝かせる。
広がる平原が、森が、みるみるうちに後方へと流れていく。
空気の振動まで肌で感じられる速度感に、彼女の胸は高鳴っていた。
「馬車の比じゃねぇな。さすが王国の誇りってやつか」
ジョッシュは感心したように腕を組む。
ソーマは座席に腰を落としつつ、窓の外を眺めていた。
――前世でも列車は当たり前だった。
だが、この世界で魔術と工学が融合した鉄道を目の当たりにすると、また別の感慨が湧き上がる。
対面に座るゼルガンは無言のまま、窓外に視線を固定していた。
その横顔は険しくもなく、穏やかでもない。遠い過去を見つめるような、影の差した表情だった。
ソーマは声をかけるべきか迷ったが、結局口を閉ざした。
今はただ、彼の心の内を尊重すべきだと感じたからだ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
夕刻、列車は鉱山近くの街へと到着した。
宿屋に入った一行は、翌日に備えて体を休めることにする。
「ふぅ……移動するだけでも疲れるわね」
エルーナがベッドに大の字になり、枕に顔を埋めた。
「お前ははしゃぎすぎなんだよ。列車の中でずっと窓に張り付いてたじゃねぇか」
ジョッシュが呆れ顔で笑う。
「だって、すごかったんだもん!」
エルーナは頬を膨らませるが、すぐにまた笑顔に戻る。
その無邪気さに、部屋の空気が少し和らいだ。
ソーマは荷物を整理しながら、ふと視線を動かす。
ゼルガンは部屋の隅で黙々と鎧を手入れしていた。
金属音が小さく響き、その姿はどこか孤高に見えた。
「……それ、勇者時代の装備なんですか?」
ソーマが問いかけると、ゼルガンは短く頷いた。
黒鉄の鎧、背に負った巨大な盾。
ただし――武器は持っていない。
クリスが首を傾げる。
「盾と鎧だけ……? 武器は無いんですか?」
ゼルガンは口の端をわずかに上げ、言った。
「まあ……明日になれば分かるさ」
その余裕めいた言葉に、ソーマたちは顔を見合わせ、互いに小さく頷き合った。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
翌朝。
一行が鉱山へ向かう道を進むと、空気に漂う異様な圧が肌を刺した。
地面には無数の金属片が散らばり、足跡が深く刻まれている。
――ゴウン、ゴウン、と。
低く響く振動が大地を揺らす。
「……来るぞ」
ゼルガンの低い声が全員の背筋を凍らせた。
岩肌が崩れ、巨大なゴーレムが姿を現す。
鉱石と魔石で構成された無機質な巨体。
赤い光を放つ眼孔が、一行を睨み下ろす。
「でけぇ……!」
ジョッシュがバットを構え、エルーナが銃に手をかける。
だがゼルガンが手で制した。
「下がっていろ」
次の瞬間、ゴーレムの拳が振り下ろされる。
ゼルガンは大盾を掲げ、衝撃を真正面から受け止めた。
地面が揺れ、砂煙が舞い上がる。
――ガキィン!
その盾が音を立てて変形し、巨大な両刃剣へと姿を変えた。
「なっ……!」
ソーマたちは息を呑む。
ゼルガンは剣を振りかぶり、一閃。
閃光の軌跡が走り、ゴーレムの胸を斬り裂く。
赤い光が消え、巨体は地響きを立てて崩れ落ちた。
沈黙。
本当に一瞬の出来事だった。
「……うそ……」
エルーナが目を丸くする。
「でけぇ盾が、剣に……」
ジョッシュが呟き、口を開けたまま固まる。
「ゼルガンさん……こんな戦い方、初めて見ました……!」
クリスの声は震えていた。
ゼルガンは大剣を再び盾に戻し、静かに背負う。
「勇者パーティーでの俺の役目は、壁であり、刃だった。……今も、それは変わらん」
ソーマは胸の奥に言いようのない高揚感を覚えた。
これが勇者パーティーの力。かつて魔王に立ち向かった者の強さなのだと。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ソーマ達が出発した後の王城の鍛冶場。
昼休憩で人の気配が途絶えたその場所に、一つの影が忍び込む。
迷いなく作業台の図面を手に取り、しばらく眺め――さらさらと文字を書き加えた。
「……これでいい」
そう呟いたかどうかは定かではない。
影は音もなく鍛冶場を去った。
やがて鍛冶師たちが戻り、図面を覗き込む。
「な、なんだこれは……!」
「発射機構の弱点を……補っている? いや、これなら――!」
彼らは慌ただしく動き出した。
図面に刻まれた文字が、確かな答えを示していたからだ。
リーダーのリシューが図面に残された文字を見て小さく呟く。
「まったく……素直じゃねぇんだからよ」
炎が再び赤々と燃え上がり、槌音が力強く響き始めた。
ゼルガンの装備はイメージとしては防具は鎧武者で武器はモン○ンのチャアクです。
※作者からのお願い
投稿のモチベーションとなりますので、この小説を読んで「続きが気になる」「面白い」と少しでも感じましたら、↓の☆☆☆☆☆から評価頂き作品への応援をよろしくお願い致します!
お手数だと思いますが、ブックマークや感想もいただけると本当に嬉しいです。
ご協力頂けたら本当にありがたい限りです。




