83:過去を揺らすフラグ
駅員に案内され、一行は魔道列車の奥へと足を踏み入れた。
磨かれた鉄の通路は広く、壁には魔法灯が等間隔に取り付けられ、柔らかな光を放っている。
外の喧噪が嘘のように静かで、まるで列車の中とは思えないほど落ち着いた空間だった。
「……すごい……」
クリスが小さく息を呑む。
肩を少しすくめながらも、その瞳は輝いていた。
列車の揺れや騒音に怯えることなく、まるでここが別世界であるかのように見つめている。
「下手な貴族の屋敷より立派ね」
エルーナも周囲を見回し、思わず感嘆の息を漏らす。
ジョッシュは革張りのソファにどかっと腰を下ろし、背もたれに体を預けた。
「ふーっ、こりゃたまらねぇ。飲み物まで置いてあるじゃねえか」
その無造作な態度とは裏腹に、瞳には楽しそうな輝きがあった。
「高級宿みたいです……すごい」
クリスも目を輝かせながら、室内をあちこち見回す。
小物や棚に触れ、魔法灯の柔らかな光を手で感じてみたり、窓から駅構内の景色を覗き込んだりする。
ソーマも感動に浸りつつ、ふとゼルガンに目を向けた。
ゼルガンは豪華な空間にも特に表情を変えず、腕を組んで立っている。
その姿には、いつもの無骨さに加え、どこか遠くを見つめる影があった。
「……あの、ゼルガンさん」
ソーマは少し声を震わせながら口を開く。
「さっき言ってましたよね……現国王の弟だって。それ、本当なんですか?」
ゼルガンは静かに目を閉じ、深く息を吐いた。
「……嘘をついてどうする。俺は、アスガンド王族として生まれた。現国王の弟――それが俺の生まれだ」
部屋の空気が一瞬張り詰める。
皆が自然と息を飲んだ。
「俺には兄と、妹がいた。兄は今の国王……そして妹の名はソフィー。俺たち三人は幼い頃から共に暮らし、家族として支え合っていた」
ゼルガンの声音には、懐かしさと痛みが入り混じる。
ソーマは思わず姿勢を正し、胸に手を当てる。
「兄は真面目で責任感が強かった。いつも俺たちを導いてくれる存在だった」
ゼルガンは一瞬、視線を遠くに泳がせる。
「妹のソフィーは……明るく、よく笑う子だった。王女らしからぬ自由さもあったが、だからこそ皆に慕われていた」
ソーマは目を丸くし、クリスは小さく息をつく。
エルーナは額に手を当てて唇を噛んだ。
「ある時、一人の人間の商人がアスガンドにやって来た」
ゼルガンの声は徐々に低く、語る速度もゆっくりになる。
「王都へ商談に訪れた彼は、各地を巡る旅商人で、誠実で腕も立つ男だった。そして――ソフィーは、彼に一目で心を奪われた」
「えっ……王女が、商人に……?」
ソーマは驚愕の声を上げ、思わず後ずさりする。
「そ、それって……本当に恋……?」
ゼルガンは静かに頷く。
「最初は皆、遊びだと思っていた。だが違った。二人は惹かれ合い、やがて……本当に恋に落ちてしまった」
エルーナは息を呑む。
「でも……人間とドワーフ……しかも王女と……国が許すはずもないでしょう」
「そうだ。父は……王は決して認めるはずもなかった。ソフィー自身もそのことをわかっていた」
ゼルガンの声がさらに低くなる。
「それでも、彼女の想いは止められなかった」
二人の悩みは深刻だった。
王族であるソフィーが、人間の商人と駆け落ちすれば国を揺るがす大事件になる。
だがゼルガンは迷わなかった。
「二人は悩みに悩んだ末……駆け落ちを選んだ。俺は、妹の願いを聞き入れ、同行した」
ソーマは驚愕する。
「ゼルガンさんが……手伝ったんですか?」
「ああ。兄には決して言えなかった」
ゼルガンは拳を軽く握り、指先に力を入れる。
「ソフィーの涙を見た時、俺は……何もできずに立ち止まることができなかった」
ゼルガンの表情に影が差す。
「俺は二人を手助けし、共に国を抜け出した。そしてアスヴァルまで逃げ延びた……それが俺の罪だ」
沈黙が長く続く。
魔道列車の低いうなりが、重苦しさをさらに際立たせる。
クリスは小さく肩を震わせる。
「……罪……ですか?」
ゼルガンの瞳に微かな影が揺れる。
「俺はソフィー達を守るために同行した。国を抜け出し、アスヴァルまで……命をかけて護衛した」
ソーマは目を見開いた。
「ゼルガンさん、つまり……アスヴァルで鍛冶師をしているのは……」
ジョッシュが腕を組み、少し感嘆気味に言う。
「なるほど……だからゼルガンさんは冒険者としても鍛えられたわけか」
「アスヴァルに着いた後、商人は王都で自分の夢だった宿屋をオープンさせた。ソフィーもそれを手伝い、旦那を支えた」
窓の外を流れる景色に重ねるようにゼルガンは語る。
「その宿屋が……今お前たちがホームにしている猪熊亭だ」
クリスが息を呑む。
「えっ、つまり今の猪熊亭は……ソフィーさんと旦那さんが始めたんですか?」
「そうだ。俺は鍛冶師をしつつ、冒険者として活動を始めた」
ゼルガンは微かに笑む。
「その後、ソロでの活動中に勇者パーティーのスカウトを受けた。猪熊亭をホームとしつつ、各地で討伐任務や冒険に駆り出された」
ソーマは目を丸くして聞く。
「勇者パーティーも猪熊亭をホームにしていたなんて……全然知らなかった……」
ゼルガンの表情に影が差す。
「そして十八年前の一月一日……新年の夜だった。魔王が復活し、スタンピードが起きた。王都の周りにまで発生した魔物に、俺たちも対応したが……」
息を呑むソーマ。
「……猪熊亭も……襲われたんですか?」
「そうだ。防ぎきれず街中に魔物が侵入し、猪熊亭も例外ではなかった」
ゼルガンの声は低く、重い。
「ソフィーも旦那も――その日、守りきれなかった」
エルーナは黙って顔を覆う。
クリスも肩を落とし、手を組んで祈るように目を閉じた。
「……あの時の俺の罪は、妹を守れなかったことだ」
ゼルガンは拳を握りしめ、机の上に置いた手に力をこめる。
「同じ猪熊亭をホームとしていたラントとマールが猪熊亭を引き継ぎ、今も営業を続けている。だが俺は……あの日のことを、一生忘れられない」
ソーマは小さく息を吐き、ゼルガンに尋ねる。
「……ゼルガンさんは……その罪を背負いながらも、俺たちに手を貸してくれたんですね……」
ゼルガンは小さく頷く。
「……そうだ。でも、後悔だけじゃ人は生きられない。だから、前に進むしかない」
魔道列車の特室は静かだが、心の奥では様々な感情が交錯している。
過去の悲しみ、妹への思い、商人との思い出、勇者パーティーとしての誇り、そして仲間たちへの信頼――
窓の外を流れる景色に、ゼルガンの人生が重なる。
鋼の大陸アスガンドへの旅は、ただの移動ではない。
過去と未来を背負った者たちの、確かな一歩だった。
「……僕たち、絶対に無駄にしません。ゼルガンさんの背負うものも、僕たちが支えます」
ソーマは強く拳を握りしめ、決意を声に乗せる。
ゼルガンは視線を仲間たちに向け、小さく微笑む。
「……ああ、頼む」
魔道列車は轟音を立て、鋼の大陸を進む。
その旅路の先に、過去の痛みと希望が、静かに交差していた。
語られるゼルガンの過去。
分割しようかと思いましたが一気に語らせるのがいいと判断しました。
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