82:英雄の影フラグ
轟音を響かせながら、巨大な鉄の塊が駅へと滑り込んできた。
その姿に、ソーマたちは息を呑む。
鋼鉄の車体は太陽の光を反射し、黒光りしている。
窓からは魔力を帯びた淡い光が漏れ、床下の魔道機関が低く唸り声をあげていた。
「これが……魔道列車……!」
ソーマは思わず声を上げる。
船酔いの記憶を忘れたかのように、その瞳は子供のような好奇心で輝いていた。
「ただの鉄の塊じゃないのね。魔力の流れが……生きているみたい」
エルーナが目を細め、魔力感知の術式で列車を見やる。
「ドワーフの技術と魔法の融合……すごいです。理論上は可能でも、実際に形にするなんて……」
クリスが感嘆の声を漏らした。
学者肌の彼女にとって、まさに夢のような存在だった。
そんな仲間たちを見やり、ゼルガンが重々しく言った。
「魔道列車は、馬車で一週間以上かかる距離を、途中の街に停車しながら三日で走破する。ドワーフたちが誇る鋼と魔法の結晶だ」
「三日!? 一週間が三日に……すごすぎる!」
ソーマは目を丸くし、ジョッシュも口笛を吹いた。
「だが、その分費用は安くない。長旅ゆえ寝台車を利用するのが一般的だ」
ゼルガンはそう説明すると、駅の窓口へと歩み寄った。
「すまない、五人分の部屋を取りたい」
ゼルガンの声に、応対した駅員のドワーフが帳簿をめくる。
「五人部屋だな? ……残念だが、あいにく満室でな」
「えっ、満室……?」
ソーマは肩を落とした。
「まさか、床に雑魚寝とか……?」
エルーナが眉をひそめる。
「……まさか立ちっぱなしなんてことはないでしょうね?」
「立ち席はあるが、お前さんらには勧めん」
駅員はひげを撫で、申し訳なさそうに首を振った。
するとゼルガンが一歩前に出る。
「……特室に空きはないか?」
「無茶を言わんでくれ。規則でな……」
駅員が渋い顔をするが、その目がゼルガンの顔をしっかりと捉えた瞬間、動きが止まった。
「……お、おぬし……もしや……ゼルガン殿では?」
「……まだ俺を覚えているか……」
ゼルガンは軽く顎を引き、静かに答えた。
次の瞬間、駅員は目を丸くし、背筋を正した。
「な、なんと! 本物のゼルガン様か! これは失礼を……っ!」
慌てふためく駅員に、周囲の乗客もざわつく。
「ゼルガン……? あの勇者パーティーの……?」
「本当にご本人なのか……!」
駅員は汗を拭いながら、深々と頭を下げた。
「も、もちろんお部屋をご用意いたします! 最上等の【特室】を! すぐに手配いたしますので!」
その豹変ぶりに、ソーマたちは唖然とした。
「え、えっと……元勇者パーティーってだけで、ここまでしてくれるんですか?」
ソーマが戸惑いながらゼルガンを見上げる。
「英雄扱いされるのは分かりますけど……あまりにも対応が違いすぎませんか?」
クリスも首を傾げ、エルーナも疑いの眼差しを向ける。
「あなた、実はただの勇者の仲間じゃないんじゃないの?」
ゼルガンはしばらく沈黙し、やがて静かに口を開いた。
「……そうだな。そろそろ話しておいてもいい頃合いか」
ゼルガンの声はいつになく低く、重い。
ソーマたちはごくりと息を呑んだ。
「俺はゼルガン。元勇者パーティーの鍛冶師にして――アスガンド現国王の弟だ」
「……えっ」
ソーマの思考が一瞬止まる。
「ええええええええっ!?」
次の瞬間、ソーマたちは大声を上げた。
クリスは口を押さえ、エルーナは目を丸くし、ジョッシュはぽかんと口を開けている。
「お、王弟……!? 国王の弟って……そんな人が、どうしてアスヴァルで鍛冶師なんかを……!?」
ソーマの混乱は極まった。
ゼルガンは苦笑を浮かべ、頭をかきながら言った。
「勇者と共に旅をした過去があるとはいえ、俺はもうただの一鍛冶師にすぎん。だが……立場上、こうして顔を知られている。だから駅員もああまで丁重にしたんだろう」
淡々と告げるその声に、どこか影が差している。
だがソーマたちの胸中は、それ以上に驚きでいっぱいだった。
(……ゼルガンさんが、王弟……? そんな人が、なんで俺たちと……?)
ソーマの疑問は尽きなかった。
だが答えを探すよりも早く、駅員が駆け戻ってきた。
「お待たせいたしました! 特室のご準備が整いました。どうぞご案内いたします!」
その声に導かれ、ソーマたちは魔道列車の奥へと歩みを進める。
新たな真実と共に、鋼鉄の旅路が幕を開けようとしていた。
と言う訳でゼルガン正体でした。
次回何故彼が旅に出たかなどの背景を語ります。
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