81:揺れる勇者フラグと鉄路の幕開け
飛竜便で王都を発ち、アスガンドへ向かう旅が始まった。
空を渡る飛竜は、順風に乗って軽やかに進んでいく。
空の旅を終え、東の港町ライン港で待つ大型船に乗り換えた。
アスガンドまでの本航路は、どうしても船旅になるのだ。
「うっ……ううぅ……」
出航から間もなく、ソーマは顔を青ざめさせて甲板の隅にしゃがみ込んでいた。
船体が軋むたびに胃がぐるりと回転し、喉元までこみ上げてくる。
「ソーマ、大丈夫?」
エルーナがすぐに駆け寄り、背中をやさしくさする。
その隣ではクリスが心配そうにハンカチを握りしめ、そっと口元に差し出した。
「……だ、だめだ……やっぱり……船だけは……慣れない……」
涙目で呻くソーマに、エルーナは呆れと心配が入り混じったような視線を送る。
「あなた、戦闘中はあれだけ動き回れるのに……こういうのには本当に弱いのね」
「よく生き残ってる方だと思うよ……」
その光景を少し離れたところから見ていたゼルガンが、不意に「くっ」と笑い声を漏らした。
「……な、何で笑ってるんですか……こんなに辛いのに……」
ソーマは青ざめた顔で、涙目のまま問いかける。
「いやな……ふっ、すまん。勇者を思い出してしまったのだ」
「勇者……?」
ソーマが顔を上げると、ゼルガンは遠い記憶を思い起こすように目を細めた。
「あいつも船にはからっきし弱かった。飛竜のときはあれほどはしゃいでいたくせにな……船に揺られるたび青ざめ、聖女が薬を作って口に押し込み、魔闘士が肩を貸して……」
ゼルガンの口元に皮肉げな笑みが浮かぶ。
「そしてそれを、いつも冷ややかな目で眺めていたのが――今のアスエリスの女王、エーメルだった」
「……っ、それって……まんま俺じゃないですか……!」
ソーマは情けない顔で呻き、思わずデッキに突っ伏した。
クリスはくすりと笑い、エルーナは目を瞬いて小さく息を漏らす。
「本当に歴史は繰り返すのね……」
「ゼルガンさん、その……勇者パーティー時代の話もっと聞かせてもらえませんか?」
勇者パーティー。
歴史の中でしか知らない伝説を、今まさに生き残りが語っているのだ。
エルーナもクリスも、そしてジョッシュまで耳をそばだてていた。
しかしゼルガンはふっと目を逸らし、空を見上げて言った。
「……いずれな」
それ以上は語ろうとしない。
その背に宿るのは懐かしさと、消えぬ影。
(やっぱり……簡単には話してくれないか)
ソーマは胸に残る好奇心を押し込み、再び吐き気と格闘するのだった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
一週間後――
「見えてきたぞ。アスガンドの港だ」
ゼルガンの低い声が響き、ソーマはぐったりしたまま顔を上げた。
水平線の向こうに、巨大な港町が姿を現していた。
大小無数の船が停泊し、荷を積み下ろす人々の掛け声が波の音に混じって木霊している。
「……すごい……!」
クリスの瞳がきらきらと輝く。
アスエリスの港よりもさらに規模が大きい。
人波の中には人間だけでなく、筋骨隆々のドワーフ、毛並みや耳を揺らす獣人たちが入り混じっていた。
「さすが鋼の大陸……人種も活気も桁違いね」
エルーナが感嘆を漏らす。
ソーマはようやく甲板に立ち上がり、大きく息を吸い込んだ。
「……やっと……着いた……! もう二度と船なんて……」
「いや、帰りもあるぞ?」
ジョッシュが笑いながら肩を叩き、ソーマは絶望的な顔で再び膝を折りかけた。
ゼルガンが手を上げ、ソーマ達を振り返る。
「さあ、王都アスガンドまでは俺が案内する」
「王都までって……馬車ですか?」
ソーマが問うと、ゼルガンは首を振った。
「いや、この大陸には馬車より速く、安全で便利な足がある」
港町の石畳を抜け、喧騒を越えた先。
巨大な建造物の影に、きらめく鉄のレールが真っ直ぐ大地を貫いていた。
陽光を反射するその道は、どこまでも延びていく。
「これが……」
クリスが息を呑む。
「ドワーフの技術が詰まった【魔道列車】だ。王都まではこれで行く」
ゼルガンの声には誇りが滲んでいた。
轟音と共に、巨大な鉄の塊が駅へ滑り込んでくる。
蒼白い魔力の燐光をまとい、まるで生き物のように鼓動を響かせながら。
「うおお……すごい……! 本当に列車だ……」
ソーマは酔いを忘れ、子供のように目を見開いた。
冒険の舞台は、いよいよ鋼の大陸アスガンド。
新たな旅路は、魔道列車と共に幕を開けるのだった。
ドワーフの国で魔法技術が発達してるなら列車位あってもいいですよね?
この世界特有のご都合主義です。
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