78:撃ち砕かれたフラグ
鍛冶屋の扉を開けると同時に、低く渋い声が響いた。
「……駄目だった」
その場の空気が一瞬にして凍りついた。
約束の一週間。
ソーマたちは胸を高鳴らせながら再びゼルガンの工房を訪れていた。
きっと、待ち望んだ答えがある――そう信じて。
だが、待っていたのは希望を打ち砕くようなその一言だった。
分厚い腕を組み、苦々しげにうつむくゼルガン。
彼が深く頭を下げる姿に、ソーマたち全員が目を見開いた。
「……まさか、銃が……?」
震える声でソーマが問うと、ゼルガンは顔を上げ、無骨な表情のまま静かに頷いた。
「すまん。どうしても内部構造が形にならなかった。外見だけなら真似できても、肝心の仕組みが分からんのだ」
その言葉にソーマの胸が締め付けられる。
(やっぱり……そう簡単にいくものじゃないよな)
ソーマ自身の知識は断片的で、漫画やアニメから拾った程度に過ぎなかった。
だからこそゼルガンに託したのだが――現実は無情だった。
「だが、全部が駄目だったわけじゃない」
ゼルガンは立ち上がり、作業台の上に布を広げた。
そこには四つの装備が置かれていた。
光を反射して鈍く輝くそれらは、ただの武具ではなく、英雄の装束のような存在感を放っていた。
「ソーマ。まずはお前だ」
ゼルガンが取り上げたのは、黒地に銀の糸が編み込まれた長いマント。
裾には蛇が自らの尾を咥えて輪を描く刺繍――永劫を象徴する図。
「蛇帝衣だ。大蛇の鱗を織り込み、魔力を流せば外殻のように硬化する。炎も氷も、刃すらも退けるだろう」
ソーマは両手でそれを受け取り、息を呑んだ。
肩にかけただけで、体が不思議な安堵に包まれる。
温もりと、どこか守られているような感覚。
心の奥でささやく声が聞こえた気がした。
――『お前は倒れない』と。
(……これなら、みんなを背負える。俺が倒れない限り、仲間は守れる)
「ありがとうございます……大事に使わせてもらいます」
深々と頭を下げるソーマを見て、ゼルガンはわずかに笑みを浮かべた。
「次はジョッシュだ」
ごつい腕に抱えられて出てきたのは、黒革のグラブ。
その表面には鱗のような模様が浮かび、手首には鋭い牙を象った金具が付いている。
「蛇捕手。大蛇の筋を編み込み、衝撃を吸収する。魔力を流せば、一瞬だけ鉄壁の盾にもなる。……ただし、受け止めた力はお前自身に返ってくる覚悟をしろ」
ジョッシュは豪快に笑い、グラブをはめると拳を握りしめた。
「へっ、上等だ! 飛んでくる魔法をボールみてぇにキャッチしてやるぜ!」
「キャッチ……?」
ゼルガンが目を細めるが、ソーマは苦笑しつつ肩をすくめた。
「大丈夫です、ゼルガンさん。ジョッシュなら本当に捕りますよ」
グラブを掲げたジョッシュは、まるでグラウンドに立つ少年のように目を輝かせていた。
「次に、エルーナ」
ゼルガンが取り出したのは、光沢のある鱗を繋ぎ合わせた軽鎧。
エルーナの体に沿うように作られており、軽やかさと堅牢さを兼ね備えていた。
「蛇鱗鎧。魔力の通りをよくする鱗を仕込んだ。防御力は高くはないが、敏捷性と魔法の発動速度を高める」
エルーナは鎧に手を伸ばし、その感触を確かめる。
「軽い……これなら、私でも動きを制限されない。ありがとう、ゼルガンさん」
その表情は、戦士というより舞台に立つ弓手のような凛々しさを帯びていた。
そして、最後に置かれたのは一本の銃――前世で見たライフルの形をした武具だった。
「これが……蛇眼銃だ」
滑らかな銃身には魔力を導く文様が刻まれ、中央には大蛇の魔石が埋め込まれている。
エルーナは息を呑み、震える手でそれを持ち上げた。
「魔力の通りを極限まで良くする素材を使い、核には大蛇の魔石を据えた。……ソーマが描いた形を元に仕上げたから、狙いをつけるにも悪くないはずだ」
ゼルガンが告げると、エルーナは深呼吸して銃を構えた。
銃口から淡い光が収束し、一閃――魔力の弾が的を正確に貫いた。
工房に静寂が戻る。
ソーマはその光景を見つめながら胸を熱くした。
(……やっぱり、銃という武器は形になり得るんだ)
工房の空気がわずかに明るさを取り戻した。
だが――拳銃と世界樹の杖の問題は、まだ宙に浮いたままだった。
「ゼルガンさん……拳銃は、やっぱり無理ですか」
ソーマがおそるおそる問う。
ゼルガンは腕を組み、深く息を吐いた。
「形だけなら作れる。だが、弾を撃ち出す仕組みが分からん。撃鉄や薬室とやらの仕組みがどうにも理解できん」
ソーマは唇を噛む。
わかっていたことだ。
それでも、どこかで期待していた。
肩が重く沈む感覚に耐えきれず、言葉が溢れた。
「……本当は、俺が使いたかったんです。エルーナに魔力を弾に込めてもらって、それを俺が撃つ。戦闘向きではない俺のギフトを補うために戦う力が……どうしても必要だったんです」
その告白に、仲間たちは一瞬言葉を失った。
クリスが小さく視線を落とし、ジョッシュが不器用に拳を握りしめる。
さらにゼルガンはクリスに視線を向けた。
「そしてクリス、お前の世界樹の杖も未完成だ。形にはした。だが杖の核となる相性のいい魔石が見つからなかった」
クリスは小さく微笑み、首を振った。
「大丈夫です。私にはゼルガンさんの作ってもらった杖がありますし……皆さんが強くなるなら、それで十分です」
その健気な言葉に、ソーマの胸がさらに締めつけられる。
(……俺だけが足りない。仲間はみんな強くなってるのに……)
工房に沈黙が落ちた。
だがゼルガンは顎に手を当て、しばし考え込んだ末に口を開いた。
「……一つ、手がある。鋼大陸アスガンドだ」
ソーマたちは目を瞬かせる。
「アスガンド……?」
「……俺には無理だ。だがアスガンドのドワーフなら、新しい物を好み、未知の構造に挑む連中も多い。ひょっとしたら、拳銃を形にできるやつがいるかもしれん」
その提案に、ソーマの胸が高鳴る。
(そうだ……ここで諦めるわけにはいかない。エルーナが使えるだけじゃない。俺も銃を手にして、一緒に戦いたいんだ)
「行こう、みんな」
ソーマが口を開いた。
「拳銃を完成させるために……そしてクリスの杖を完成させるために」
ジョッシュが力強く頷く。
「面白ぇ! 新しい大陸だって? 冒険にゃうってつけじゃねぇか!」
クリスも静かに微笑む。
「私も賛成です。みんなでなら、きっと」
エルーナは蛇眼銃を抱きしめ、決意を込めて頷いた。
ゼルガンは腕を組み、ゆっくりと笑みを浮かべた。
「なら、俺も行く。責任があるからな。準備に取りかかるぞ」
こうして一行は、鋼大陸アスガンドへ向けて新たな旅立ちの準備を始めた。
未知の大地で待ち受けるものは何か――その答えを胸に抱きつつ。
まぁそう簡単に銃なんてできませんよね。
って訳でドワーフの大陸に行きます。
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