76:託された希望と決意のフラグ
朝日が王都の屋根を照らし始めたころ、ソーマたちは猪熊亭を出て石畳を踏みしめていた。
夜通しの喧噪が嘘のように静まり返り、露店の準備を始める人々の声や木製の車輪のきしむ音が、穏やかで心地よいBGMになる。
「いやぁ……久々にぐっすり眠れたな」
ジョッシュが大きく伸びをした。
鍛え上げられた腕が朝の光に照らされ、筋肉の影がくっきりと浮かぶ。
「猪熊亭のベッドは柔らかすぎず硬すぎず、ちょうどいいね」
エルーナが笑みを浮かべる。
初めてここで寝泊まりした彼女にとって、それは仲間と共にある実感でもあった。
「うん。帰ってきたんだなって、安心できる場所です」
クリスも微笑み、手にした杖を軽く握り直す。
その視線には、これから新たに手にする力への期待と、仲間と共に歩む未来への決意が混ざっていた。
ソーマは荷袋を背負い直し、仲間たちを見渡す。
「さ、行こうか。ゼルガンさんなら、きっと期待以上のものを作ってくれる」
石畳を進むと、路地の奥に煤けた建物が見えてきた。
鉄を打つ規則正しい音が響き、熱気が風に混じる。
ゼルガンさんの鍛冶屋【悪・即・斬】だ。
重い扉を押し開けると、金属と油の匂いが鼻をついた。
奥の炉の前で、大柄な男がハンマーを振り下ろす。
背中に刻まれた傷跡が、彼の戦歴を語っていた。
「帰ったか。無事でなによりだ」
ハンマーを置き、ゼルガンが振り返る。
目には厳しさと温かみが同居していた。
「ゼルガンさん、ただいま戻りました。早速これを見てください」
ソーマは深く頭を下げ、袋から取り出したのは、巨大な蛇の鱗や牙、光を放つ魔石の数々だった。
「……ほう。これはまた見事な素材だな」
ゼルガンが手に取った鱗を光にかざし、唸るように声を漏らす。
「並の魔物じゃないな……何を相手にした?」
「世界樹の地下に潜む、大蛇でした。ダンジョンコアと同化していて……本当に強敵でした」
ソーマが答えると、ゼルガンの目が鋭さを増す。
「……やはりな。素材を見ただけで分かる」
「それだけじゃありません。そこで出会ったのが、アスエリスの女王エーメル様です」
ジョッシュが続けると、ゼルガンの太い眉がわずかに動いた。
「……エーメル?」
「はい。助けてもらった上に、素材まで譲っていただいて……とても気高く、優しい方でした」
クリスが感慨深く語ると、ゼルガンは長く黙した後、懐かしむように笑った。
「……あいつも女王になって変わったみたいだな」
「ゼルガンさん、ご存知だったんですか?」
驚くソーマに、鍛冶師は遠い目を向ける。
「ああ。仲間の一人だ。勇者のパーティーの、な」
「……えっ!?」
一同が息を呑む。
元勇者の仲間――その響きだけで空気が一瞬張り詰める。
「魔法の腕も知識も一流だった。旅を始めたばかりの頃はエルフ特有の異種族を嫌っていたが、それもなくなった。そして魔王封印の功績で女王となったんだ」
ゼルガンの声には、かつての仲間への誇りが滲んでいた。
「……そうだったんですね」
ソーマの胸に熱いものがこみ上げる。
女王として国を導く彼女の姿と、かつて共に戦った仲間を想うゼルガンの姿が重なる。
だが感傷に浸る間もなく、ゼルガンは大きな手で机を叩いた。
「さて――素材も揃った。お前たちは何を望む?」
仲間たちは顔を見合わせ、頷き合った。
「俺はマントが欲しいです」
ソーマが口を開く。
「守りにもなるし、仲間を庇うときに役立てたいんです」
「ふむ……鱗を織り込み、軽くて強靭な布地を作るか。蛇の魔力を流せば、毒や呪いも防げるかもしれん」
ゼルガンは腕を組み、早速構想を巡らせる。
「ジョッシュにはグラブをお願いします」
「……グラブ?」
ゼルガンが首を傾げると、ソーマも困ったように笑った。
「えっと……手にはめる防具なんですけど、普通の篭手じゃなくて……捕まえるための形なんです」
ソーマは野球のグラブを手で示しながら説明する。
「……つまり、受け止めるための手袋みたいなものか?」
「そういう感じです! ジョッシュには新しい戦い方を覚えてほしい。相手の攻撃を掴んで叩き伏せる、そんな戦い方を」
ゼルガンは少し黙り込み、やがて口角を上げた。
「面白い。やってみる価値はあるな」
エルーナも一歩前に出る。
「私は軽鎧をお願いしたいわ。動きやすさを損なわず、防御力を上げられるものを」
「蛇の革は柔軟で丈夫だ。ソーマの新しい仲間のために仕立ててやろう」
最後に世界樹の枝が机に置かれる。
薄緑に輝く木片に、一同は息を呑む。
「……これはどうする?」
ゼルガンの問いに、仲間たちは顔を見合わせる。
「正直、俺は新しいバットも考えた」
ジョッシュがぼそりと呟き、耳まで赤くなる。
「けど、世界樹の枝で殴るなんて恐れ多すぎる」
ソーマは笑いながら頷いた。
「うん、それはな」
「だから……杖にしましょうって決めたんです」
クリスが静かに言う。
胸の前で両手を組み、世界樹の枝に視線を落とす。
「私はまだ未熟ですけど、この枝を託された意味を無駄にしたくないです」
「あなたにこそ相応しいと思うわ」
エルーナが微笑み、ソーマも頷いた。
「うん、俺もそう思う。世界樹の枝はクリスの杖にしよう」
クリスの頬が赤らみ、静かに笑む。
大切な役割を託された喜びと責任が胸を満たしていた。
「……いいだろう。世界樹の杖、俺の手で形にしてやる」
ゼルガンが力強く宣言し、一同の胸は高鳴る。
だが、話はまだ終わらない。
ソーマは深く息を吸い、机に視線を落とす。
「そして……今回、お願いしたい本命があります」
ゼルガンの鋭い目がソーマを射抜く。
「ほう? 何だ?」
「……銃です」
その瞬間、鍛冶場の空気が一瞬で張り詰める。
火花が散る炉の音だけが響く中、ゼルガンの目がぎらりと光った。
「……詳しい話を、聞かせてもらおうか」
こうして、新たな装備作りの幕が開かれた。
果たしてゼルガンは銃を作る事が出来るのか?
そしてソーマは上手く説明ができるのか?
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